第2話 骨人の実力に関する考察
――骨人から屍食鬼への存在進化を目指す。
とりあえずの方針として、そう決めたのはいいが、問題は一体、今の俺にどれくらいの戦闘能力があるのか、ということだろう。
もともと冒険者組合の末席に身を置く者として、銅級下位冒険者をやっていたので、本当に新人の新人、鉄級冒険者よりかはいくらかマシ、くらいの実力はあった。
具体的にどれくらいか、と言えば、骨人やゴブリンの一体や二体なら、十分に安全マージンをとって戦い、勝利を収めることが出来る。
それくらいの実力である。
三匹以上になってくると正直厳しくなってくるが、勝てないこともない。
四匹を超えると逃げる。
五匹以上いたら詰む。
そんなところだろう。
――弱い。
って言うなよ?
仕方ないじゃないか。
これでも冒険者になって十年間、いや冒険者になる前をいれたら二十年くらい、ずっと一生懸命修行を続けてきたんだ。
それでもこれくらいにしかなれなかった俺を誰か憐れんでほしい。
どうして真面目に修行していたのにこれくらいにしかなれなかったのか、と言えば、それは非常に簡単な話で、魔力も気力も聖気も俺は大して持っていなかったからだ。
その上、その少ない力の制御力すらしょぼいことこの上なかったとなれば、もうこれは冒険者になれたことがむしろ僥倖であったとすら言えるほどだ。
むしろ褒めてほしいくらいである。
ちなみに魔力とか気力とか聖気が何かというと、まず魔力は魔術や魔法を使うために必要な、それほど多くない人間が生まれながらに持っている不思議な力の源のことだ。
分かりやすく言うなら、魔力を持っていれば、火を出したり風を起こしたり出来るし、水を生み出したり土を動かしたりも出来る。
力のある魔術師になれば、もっと色々と複雑なことも出来る。
非常に便利な力だ。
これは、大体五十人に一人くらいの確率で生まれ持っている能力だ。少なくはないな。
ただ、本当の魔術師として大成出来るレベルにまでなれるほどの魔力となると、大まかに言って千人に一人持っているかいないか、という程度だと言われている。
ある程度の魔力があれば、小さな火弾とか土の矢と言った低位魔術を使えるのだが、それ以上のものを身に着けるためには千人に一人の才能が必要という訳だ。
ちなみに、俺の場合は一応、魔力はあったのだが、魔術師として大成できるかと言われると首を傾げざるを得ないくらいのレベルでしかなかった。
攻撃魔術の類は、低位魔術でも一切使えはしなかったくらいだ。
才能のなさが分かるだろう。
ただ、、それでも、飲料用などのためにちょろちょろと水を出したり火種を作ったりするくらいはなんとか出来たから、まぁ、恵まれた方だったとは思う。
ただ残念ながら戦闘で使えるほどではなかったわけだ。
次に気力、であるが、これは他にもいろいろ言い方があって、気とかチャクラとかプラーナとか言ったりする、概ね生き物の生命力を起源とする力のことだ。
生き物の生命力が元なのだから、これは魔力と違って本来、誰でも持っている力でもある。
活用することが出来れば、身体能力を強化して、強い力を出したり、人並み外れたスタミナを得たりすることが出来る。
ただし、普段の人は、これを無意識に使って生命を維持しているため、この力を自覚することがそもそも難しい。
そして仮に自覚出来たとしても、それを活用するためにはかなりの修行が必要で、さらにそのためにはそれなりの才能が必要だと言われている。
俺はこの力を自覚するところまではいけたが、活用のところで才能不足により十分に使いこなすことが出来なかった。
それでも切り札として、一日に一度だけ、一撃の攻撃力を1.5倍程度にするくらいのことは出来たのだから、素晴らしい力ではあったのだが、それでも結局本来の使い手から見れば児戯もいいところであったのは間違いない。
最後の一つ、聖気であるが、これはもう、一般人にはまず、縁のない能力と言っていいだろう。
神や精霊の加護により得られるかなりレアな特殊能力と認識されていて、それを持つ者はほとんどが聖職者であると言われている。
使い方としては、主に治癒・浄化能力としてのそれが有名だろう。
基本的な能力としては、人の傷や病気を治したり、不死系の魔物をかき消してしまったりと言ったことが出来、強大な力を持つ者では、広大な土地すらをも浄化したりすることも出来るとされている。
また、加護により得られる力であることから、神や精霊との交信能力も得られ、それによって祭り上げられる者もいる。
普通に生活していれば、まず、得られることはない力だ。
しかし、実のところ、俺はこの力もわずかながらに持っている。
と言っても、やはり大して使えないものでしかないのは言うまでもないことだ。
経緯としては、昔、故郷の村にある小さな打ち捨てられた祠を、なんとなく気が向いて修理したことがあったのだが、その際にその祠に祭られていたらしい精霊が小さな加護をくれたことがあったのだ。
以来、俺は少しだけ聖気が使えるのだが、俺が出来ることなどせいぜいが、どんなに汚れた水でも飲めるように綺麗にしたり、傷口が化膿しないように浄化するくらいのもので、傷を一瞬で消したり、土地全体を浄化したりなんてことは全くできなかった。
それでも、それなりに有用だったし、この十年、十分に役に立ってくれた力であるから、あのとき加護をくれた精霊には心からお礼を言いたい。
ただ、これ一本で冒険者をやっていくには厳しい、そんなものだった。
と、言うことで、俺には魔力も気力も聖気も大してない、というのはそういう意味である。
つまり、身も蓋もないことを言えば、俺はそもそも冒険者には向いてなかったのだ。
まぁ、この三つの能力をすべて持っている人間というのは、非常に少ないらしく、俺も俺以外のそんな存在には会ったことは無い。
ただ、重要なのは数ではなく、質なのだ。
そして質の面で、俺は全く恵まれていなかったというわけだ。
その証拠に、冒険者になる人間というのは、このいずれかについて、それなりの素養を持っている者が大半で、俺のようにどれも中途半端かつ矮小、と言う者はまずいなかった。
そう言う人間は、普通に村や町で戦うことのない職業につき、一生を終えるもので、本来なら俺もそうすべきであったのは言うまでもない。
だが、俺には困ったことに、大きな夢があった。
どうしても、神銀級冒険者になりたかった。
小さなころに憧れて以来、ずっと、その夢を追い続けた。
諦めることなんて、出来なかった。
その結果が、骨人なのは何とも言えないが、まぁ、夢に殉じたと思えば悪くもないだろう。
それに、完全に死んでしまったわけではなく、生きているかどうかは謎にしても、まだ動ける体があるのだから、むしろそこまで運は悪くない方だろう。
人間、生きていれば何とかなる。
何かが出来る。
そう思って今まで生きてきた。
骨人になってしまったとは言え、これからもそう思って何が悪い。
まぁ、根本的な問題として、正確には今は生きているかどうかは全く分からないが、それでも動けるし、出来ることがありそうなのは確かだ。
そのために頑張ろうと思うのは悪いことではない。
ためしに、生前持っていた力、魔力、気力、聖気が使えるかを実験してみた結果、どれも問題なく使えた。
これだけで、十分に何とかなりそうな気がする。
少なくとも、普通の魔物の骨人はそんなことは出来ない。
戦えると思った。
ちなみに、屍食鬼を目指す、という目的も、それだけ聞くとちょっと罰当たりな気がしないでもないが、別に俺は人の腐肉を食べたいからそうするわけではなく、ただもう少し、人に近づいた見た目がほしくてそれを目指すのである。
それに屍食鬼とは言うが、そうなったとしても必ずしも人の肉を食わなければならないわけではないだろう。
もしかしたらそうなったら本能とかが人を食らえと命じるのかもしれないが、そうなったときはそうなったときだ。
出来るだけこそこそどうにかすることにしたいと思う。
さて、自分の能力の確認と、そして決心は概ね決まった。
あとは、当面、屍食鬼を目指して頑張るだけだ。
そのために必要なことは、迷宮の魔物を倒すことだろう。
なぜ、そうすればいいのかと言えば、それは、魔物というのは、年月や経験を積むことによって、存在を上位のものへと引き上げることが出来るからだ、というのは説明した。
年月を経ることによって上位存在になるもので代表的なものは、竜など、幼体から成体になり、最終的に千年竜とまで呼ばれるようになるような、そもそも潜在的能力が相当に高い魔物などであることが基本だ。
この点、骨人はどうかと言えば、何年経とうが骨人は骨人に過ぎない。
不死系の魔物というだけあって、ただ存在しているだけなら何千年でもそのままでいられるらしいが、ただ年月を経れば強くなる、ということはないと言われている。
なにせ、骨なのである。成長はない。
となると、どうするか。
経験を積むのだ。
経験を積むとは、とにかく戦うということである。
魔物は、他の魔物を倒せば、その相手の魔物の持つ力を自らに吸収することが出来ると言われている。
これは必ずしも魔物だけではなく、人も同じだ。
だから、長年戦い続けた戦士や冒険者は強力な力が振るえることが多いわけだが、人と魔物で根本的に違うのは、人はどれだけ魔物の力を吸収しても、基本的には人のままだ、ということだ。
それとは異なり、魔物はある一定の経験を積むと、上位存在へと進化することが出来る場合がある。
俺は、これを目指そうと思っているのだ。
もちろん、俺がそもそも魔物なのかという問題もあるのだが、それは実際にやってみれば確認できることなので、存在進化出来ると言う前提で頑張りたいと思っている。
だから、これから俺がやらなければならないことが、まず、手近な魔物を倒すことなのだ。
そして、骨人でも倒せるレベルの魔物と言えば……この迷宮なら、スライムか、ゴブリン、もしくは同族の骨人ということになるだろう。
俺は今、低位迷宮《水月の迷宮》の未踏破区画にいるが、ここに来るまでの道のりの中で、いずれの魔物も見たし、倒した記憶がある。
迷宮の魔物は、その詳しい理屈についてはいくつかの説があるが、事実として一定の時間が経過すると復活することが確認されている。
再湧出とか、復元とか言われているその現象は短いもので三十分、長ければ数日から数年かかると言うが、この迷宮の大して強くない魔物については、一時間もせずに復活することが確認されている。
俺が龍に殺されてから一体どれくらいの時間が経過したのかは分からないが、すでに再湧出に必要な時間は過ぎているだろう。
となれば、道を戻るのが一番手っ取り早い、俺の出会いたい魔物に遭遇できる方法、ということになる。
そう考えた俺は、骨人の体を動かして、一歩一歩、道を戻ることにした。
実際に動いてみると、ひどく体が重く、やはり今までのようには戦える感じはしないが、それでもそれなりには動くようで、一応安心する。
武器については、俺が生前から愛用していた片手剣と鎧を最初から身に着けていたので、問題はない。
その他の事はもう、実戦の中で確認していくしかないだろう。
そして、道を歩き始めて五分も経った頃。
俺は最初の魔物に出会った。
その相手は――俺の同族、武器も防具も何も持たない、骨人だった。