第192話 下級吸血鬼と露店市場
「お! あれなんか面白そうじゃないか?」
俺がそう言って露店の前に駆け寄る。
そこに並んでいるのは、数々の怪しげな魔道具であった。
一般的に言って使える魔道具というものは専門の魔道具店において、しっかりと鑑定された上で鑑定書付きで販売されているものだ。
しかし、露店で売っていない、というわけでもない。
なぜなら、魔道具をしっかりとした鑑定にかけるのにはそれなりに金がかかる。
冒険者が迷宮で魔道具を入手したら、普通は冒険者組合なり魔道具店なりで鑑定してもらうのだが、どう見ても使えない品、もしくは鑑定したはいいが結局使えない、用途が分からない、という品も当然出てくる。
前者の代表としては、ただはね続けるピンとか、歌う花(美しい歌ではなく、騒音である)とか、調子が悪くなるタイミングで点滅しつづける松明とか、そういう品だろう。
後者の例としては魔剣なのだが強化は一切つかないとか、回復水薬の見た目をしているくせに飲むとおなかを壊すだけとか、そういうものだ。
迷宮で得られるアイテムの数々は、必ずしも有用とは限らないと言うことがよくわかる。
そんな品は、よほどのもの好きか、何かしら隠された用途を知っている目利きとか、そういう者以外には、おもちゃを欲しがる子供などにしか売れない。
したがって、最終的に、流れに流れて、こういう露店で販売されることになるのだ。
つまりは……。
「……どう見ても子供のおもちゃかゴミばかりだろう。なぜ欲しがる……?」
ロレーヌが眉根を寄せてそう呟いた。
今、俺とロレーヌは、旅のために市場に出て、色々とものを買い集めているところだった。
保存食とか、携帯用の砥石とか、着替えとか、回復水薬の類とか、ありふれたものだ。
最後の回復水薬の類に至ってはロレーヌが自作できるので買う必要もなさそうだが、材料を集めて今から作るのは面倒と言うものもあるとのことで、そういうものを集めている。
あとは、道中、魔物が襲ってくるだろうから、そういうのが有用な素材になりそうなときに回収するための容器とかも。
以前、豚鬼の肉を包むのに使ったマルトホオノキの葉とか、スライムの体液を入れるための瓶とか、そういうものだな。
露店で買わず、店を構える商会で購入した方が質のいいものが集まるのだが、その分、値が張る。
冒険者として依頼のために必要なものを集めるときはそっちに行くのだが、今回はただの個人的な旅だ。
多少質が落ちても問題ない。
もちろん、信用できない品質の品は掴まないように気を付けてはいるが。
「何の役にも立たなそうだからこそ欲しいんだろ。役に立つもの買ってたらつまんないじゃないか」
「……私は何かの哲学を聞いているのか? 理解できん……」
俺の反論に頭を抱えるロレーヌ。
別にいいんだい。
これは男の浪漫なんだい。
そんなことが頭に思い浮かぶが、まぁ、客観的に見てどっちの頭が足りないのかは俺にもよくわかっている。
でも欲しいものは欲しいのだから仕方ないだろ。
「……まぁ、お前の稼いだ金を何に使おうがお前の自由だからな……私も私で、役に立ちそうもない内容の書物をさっき買ってしまったところだし」
と言っているロレーヌの手に握られているのは、革張りの分厚い書物であった。
あれも先ほどロレーヌが露店で手に取り、購入した品で、タイトルは《魔物料理~ゲテモノを美味しく食べるために~》という怪しげなものだ。
別に魔物を素材に料理を作るのは普通だが、ゲテモノって……何を素材にする気の本なんだ、それは。
スライムとか?
いやぁ……それくらいならまだ何とかなりそうだけどな……。
あれが実践で使われないことを神に祈らずにはいられなかった。
それから、ロレーヌが、
「お、あっちにも書物の露店が……レント、私はあれを見に行ってくる。お前も魔道具を好きなだけ眺めるといい。一時間ほどしたら中央広場東側のベンチ辺りに集合しよう」
書物を扱っている露店が密集しているエリアにふらふらと引き寄せられて行く。
……また怪しげな本を買う気か。
全く、一体何の役に……とか思うが、結局俺もロレーヌも似た者同士と言うわけだろう。
だからこそ、十年間、着かず離れず仲良くやっていられるわけだ。
気が合うってことだな……。
さて、魔道具魔道具……。
そう思って、俺が一つの魔道具、地上三センチにぼんやりと浮き続ける小さな謎の板に手を伸ばすと、
「あっ、すみません」
と、隣の人が同じものに手を伸ばそうとして、俺の手にぶつかり、謝った。
別に痛くもなんともないので構わないのだが、それにしてもこんな何にも使えなさそうなものに興味を抱くとは物好きな……と、自分のことを棚に上げて思う。
しかし、そんなことを思っているなど、おくびにも出さず、俺がその人物に声をかけようと顔を上げながら、
「いえ、大丈夫です……よ……」
と言いかけたところで、時が止まった。
そんな俺に、向こうは、
「……? どうかしましたか? 私の顔になにかついてますか?」
と尋ねてきた。
何かついているか、と聞かれれば目と鼻と口がついているということになるだろうが、別に何かがついているから絶句したわけではない。
そうではなく、その顔に見覚えがあったからこそ、言葉を失ったわけだ。
金色の髪に、水色の瞳。
まだまだ幼く見えるところはありながらも、数年後の美貌は約束されている顔立ち。
雰囲気には似合わない冒険者用の皮鎧と片手剣を下げているその姿。
まさかこんなところで会うとはな。
そう思いながら、俺は彼女に言う。
「いや、そういうわけじゃない。俺の顔に見覚えがないか?」
すると彼女は、
「……あれ、どこかでお会いしたことが……うーん、顔の下半分が仮面で、真っ黒なローブ……うーん」
と悩みだす。
まさか忘れられたのか、と思ったが、そうだった、と思い出す。
今の俺の仮面は彼女が呟いた通り、形が前のときとは違っているのだった。
「……悪いな。これでどうだ」
そう言って、仮面を以前彼女が見たことある形、顔のすべてを覆った骸骨仮面のそれへと変える。
さらに、ローブのフードを被って、ゆらゆらと怪しげに揺れて見せた。
すると、彼女は目を見開いて、
「えっ、ももももしかして、レ、レントさんですかっ!?」
と叫ぶ。
俺は仮面とローブを元通りに直しつつ、頷いて、
「ああ。そうだ。久しぶりだな――リナ」
そう言ったのだった。