第152話 下級吸血鬼と理由
「吸血鬼を見つけたらご一報を……と言いたいところですが、レントさんは中々強そうです。聖気もお持ちですし、自分で倒した方が早い、ということも多いかと思いますので、それは言いません」
と、ニヴは言う。
なんとなく、吸血鬼はすべて自分の獲物だ、くらい言うかと思っていたのだが、そういうわけではないのだろうか。
気になって尋ねる。
「……いいのですか? 私が倒してしまっても」
するとニヴは頷いて、
「ええ。私が一般的な吸血鬼を倒すのは、確かに生きがいなんですけど、実のところは暇つぶし、趣味、余暇の楽しみ方、といった方が正確なものなので。誰が倒したところで別にいいのですよ」
と驚くべきことを言う。
余暇の楽しみで、あれだけの執着を見せているのか?
これは聖女ミュリアスも初耳のようで、意外そうな表情だ。
シャールもである。
商人の耳でもってしても知ることの出来ない話か。
もしかしたら、価値がある情報かも知れない……。
そもそもニヴと関わり合いを持ちたい人間がどれだけいるか、という気もするが、関わらないようにするために使える情報かも知れないな。
ニヴは続ける。
「ですから、レントさんが見つけた吸血鬼はレントさんが倒していただいて結構です……ただ」
ただ、があるわけだ。
なんだろうな。
吸血鬼を見つけたら知らせろ、以外にニヴが求めそうなものが想像がつかなかった。
金は要らなそうだし、権力はすでに白金級を上回る以上の個人的なコネクションを大量に持っている。
酒……は飲まなそうと言うか、飲んでも全く酔わなそうだし、ギャンブルもしなさそう……いや、したら鬼のように勝ちそうだな。
じゃあ残るは……女? いやいや、本人が女だし……じゃあ男か。これもなぁ……こう、男に寄りかかって甘えるとかまるで想像がつかない。
こいつにそういうものは必要なさそうだ。
分からん……。
そう思っていると、ニヴは言う。
「レントさんが、勝てないと感じる吸血鬼に出遭ったら、私にご連絡ください。それだけでいいですよ」
「……それは、一体どういう……」
意図が分からない言葉だった。
求めているところは明確だが、何のために?
まぁ、最終的にはニヴが倒すため、なのだろうが……。
俺が勝てないと思って見逃すことを危惧しているのか?
確かに勝てそうもないなと思ったら見逃すだろうが、そういう場合は言われなくても倒せそうな奴に伝えるだろう。
どれだけニヴと関わるのは勘弁してくれ、と思っていてもこの人は吸血鬼狩りとしてはかなり優秀なのだ。
その辺の冒険者に伝えて、被害を拡大させるよりかは、仕方がなく思ってあの連絡先に伝えることだろう。
それくらいのことは、ニヴには簡単に想像が出来そうだ。
なにせ、吸血鬼が嫌がるような手管をこれだけ細かくやれる人間なのだから。
人がどうすればどう動くか、について、詳しく理解しているのだろう。
お願いの事だって……。
タラスクの報酬が決まってから言い出した辺りにニヴの狡猾さというか、うまさがあるように思える。
先ほどまでだったら相当印象が悪かったし、頼まれても絶対いやじゃ、とそっぽを向きたくなるような心情だったが、今に至っては……。
あれだけ払ってくれたのだ。
ちょっとくらいなら頼みを聞いてもいいかな、という気分になっている。
しかもそれが、これほど簡単な頼みなら……。
ただ、その背後に巨大なリスクがちらちらと見えてもいるのだが……しかし避けたところでな、というのもある。
ニヴは噛み付いたら離さない猛獣のようなところが、ここまででよく理解できている。
何をしようと関わりたいところに全力で関わってくる。
だから、避けても無駄だろう、と思ってしまう。
それなら、別に頼みを聞いても……。
葛藤していると、ニヴは俺の質問に答える。
「深い意味はないですよ……と言っても、レントさんには通じなさそうです。ご説明しましょう」
この言い方が、また俺の無言を勘違いしての過大評価だったら楽なのだが、別にそんなことはないのだろうな。
というか、さっきのも……別に本当に勘違いしていたわけでもないだろう。
ただ、支払う額を吊り上げることを最初から決めていたのだろうと言う気がする。
まぁ、そのこと自体は別に俺にとって悪いことではないのだが、ここに来て、あまりいい方向には作用しないのだろうな、と強く感じる。
かと言って、もう今更どうしようもないが……。
ニヴは続ける。
「まぁ、そんなに身構えなくても大した話じゃないですよ?」
と、ニヴは微笑み、場の緊張を解くように促すも、そう簡単には解けない。
俺もミュリアスもシャールも、ニヴが次の瞬間にいったい何を言い出すのかと不安だ。
俺は仮面があるし、表情にも出すまいと心を砕いている。
それに加えて不死者の体はあまり汗が出ないから、無意識に冷汗が、ということもない。
が、他の二人は、少しばかり冷汗が見える。
誰も知らない吸血鬼狩りニヴ・マリスの秘密が一部、知れるのだからそうなるのも無理はない。
ニヴは言う。
「……私は、ずっと一体の吸血鬼を追い続けているのです」
「一体の吸血鬼、ですか? それはまた、なぜ……」
特定の吸血鬼を追いかける、というのは、まぁ、ありえない話ではないだろう。
身内や知り合いを、血を吸われて殺された、とか屍鬼に変えられた、という事情がある場合に、恨みを晴らすために追いかける。
普通にありうる話だ。
まぁ、それは吸血鬼に限らず、魔物だろうと人間だろうと同じか。
復讐のためにその相手を探し求めているに過ぎないのだから。
ただ、疑問があるとしたら、ニヴがそのような行動を果たしてするのだろうか、というところだろう。
他人をどうこうされたからと言って、恨みを……なんていうタイプにはまるで見えない。
周囲のことなど気にしない究極の傍若無人であるように俺には思える。
たとえ友人が死のうと家族が死のうと気にしないのではないか。
偏見かも知れないが、そう思ってしまうくらいだ。
しかし、事実として彼女は一体の吸血鬼を追いかけているらしい。
その理由は……。
「なんでしょうねぇ。浪漫ですかね? レントさんも古い遺跡を漁って古く強力な魔道具が欲しい、とか思うことはあるでしょう?」
と突然おかしな方向に話が飛んだ。
俺は首を傾げつつも、答える。
「ええ、まぁ……古い変わった魔道具なんかは好きですね」
飛空艇模型とかな。
そこまで言う必要はないだろうが。
ニヴにはどんな情報でも言いたくないな。
飛空艇模型が好き、と言ったら次来た時はそれを手土産に何か理不尽な要求がされそうで嫌だ。
「私もそれと同じです」
「というと?」
「私が追いかけている吸血鬼は遥か昔から存在し、そして恐れられている、頂点の存在の一人」
――黄昏の吸血鬼です。
ニヴは、そう言って微笑んだ。