第142話 下級吸血鬼と精錬
《魔鉄》の精錬。
それをどのようにしてやるのか、というと大きく見るといくつかある。
大規模なものだと、鍛冶組合などが行っている魔道具を使用した精錬方法が代表的だろう。
魔術を使わずにやる方法も古来のものとして存在してはいるが、今ではコストや時間の関係でほとんど行われていない。
辺境などで小規模にやっている場合は存在しているが、大規模なものはほぼない。
ちなみに、ヤーラン王国は辺境である。
つまり山奥の村とかに行けば見られる可能性はあるということだな。
その機会があるかどうかは謎だが。
まぁ、そういうわけで、基本的には魔道具を使った精錬方法が代表的なのだが、他にも方法はある。
それが錬金術を使ったものだ。
厳密にいうなら、魔道具を使った方法も、錬金術が生み出した方法と言えるが、魔力を操りつつ、専用の魔道具を使わずに行える方法があるのだ。
ロレーヌに頼むのがこれにあたる。
錬金術は別に魔術師しか学んではならないというものではないし、魔術師ではない錬金術師というのもいるが、やはり魔力をある程度扱える方が研究しやすいのは事実だ。
そうでなければ魔石を使ったり魔力を操るための器具を活用しないとならなくなってくるから面倒らしい。
ロレーヌはこの点、極めて優秀な魔術師であるので、片手間でぱぱっとやってしまえるようである。
実際、《魔鉄》の鉱石をいくつか手にし、まとめて机の上に置いてからロレーヌは、
「では、早速……」
と言いながら、《魔鉄》の精錬のために魔力を集め始めた。
俺には魔力がどこに集中しているか見えるわけではないのだが、鉱石に含まれた《魔鉄》が魔力に反応してほのかに淡い紫色に発光している。
それから、変化はふっと起こった。
鉱石の発光している部分が動き出し、液体のような動きを見せる。
《魔鉄》だ。
それからしゅるしゅると蛇のように動き、鉱石から離れていく。
キン、キキン、と音を立てて、小さな破片が弾かれていくのは、不純物が飛ばされているからだ。
そして、純粋な《魔鉄》となったそれは、ひとところに集まり、徐々に細かなまとまりから大きな塊を形作っていった。
「……ふむ、こんなものかな?」
空中に浮かぶ、長方形をした紫がかった金属の塊を手に取り、ロレーヌがそう言った。
「出来たか」
俺がそう尋ねると、ロレーヌは、
「あぁ……まぁ、それなりに良くできていると思うぞ。並の錬金術師ではここまで純度の高い精錬は出来んだろう」
そう言って、《魔鉄》のインゴットを俺に手渡す。
俺は手渡されたそれを矯めつ眇めつ見てみるが、冗談交じりにでも自画自賛するだけあって確かに非常によくできているように見えた。
ある程度以上の純度の金属塊について、俺がどれだけの質を判断できるかと言われると微妙なところだが、鍛冶組合などで手に入る《魔鉄》のインゴット以上の質があるのは間違いないと思う。
まぁ、あっちは大量生産品で、こっちはそうではないからな。
かけられる手間も違うし、それに鍛冶組合の品は鍛冶師の手に譲られた後、鍛冶師によって更に精錬されたりすることを想定したものだから、単純には比較できないとは思う。
もちろん、それでも品質が良い方がいいのは当たり前だけどな。
そしてロレーヌがしてくれたのは十分な仕事だと言えるだろう。
「他のも全部まとめてやってしまうが、いいか?」
ロレーヌがそう尋ねてきたので、俺は頷いて、魔法の袋に入っている《魔鉄》の鉱石すべてを取り出す。
「あぁ……変質しているのもあるんだったな。分けておこう。黄色みがかかっている奴だけ除ければいいよな?」
思い出して俺がそう言うと、ロレーヌは、
「そうだな……まぁ、内部だけ変質しているものもあるかもしれんが、そういうものは精錬する際に分けることとしよう。全部一緒にやってもいいんだが、疲れるんでな。ある程度は分けておいた方が楽だ」
大地竜の魔力に染まった《魔鉄》と通常の《魔鉄》を同時に、かつ分割して精錬することもロレーヌには出来るらしいが、それは魔力の扱いに非常に気を遣うためにやりたくないらしい。
また、失敗する可能性も高くなるとも。
少量だけ混じっている、という状態ならそれほど気を遣わずに分けられるということなので、俺はせっせと鉱石を分けていった。
「……意外と量があったな」
というのは、鉱石全体の量という訳ではなくて、大地竜の魔力に染まった鉱石の量が、である。
全体の三分の一ほどあり、持ってきた量からすると結構なインゴットが採れそうな感じだ。
「その大地竜がよほどの魔力を周囲に放っていたのではないか? 並の冒険者がそこにいたら気絶していたかもしれんな……」
ロレーヌがそう、恐ろしいことを言った。
俺はこの体だから平気だったのかもしれないというわけだ。
まぁ、それでも死にはしなかっただろうが、あんなところで気絶したら即座に魔物に襲われるからな。
やっぱり死んでただろう。
「さぁ、サクサク行くぞ」
ロレーヌはそう言って、分けた鉱石のうち、通常の《魔鉄》の方を精錬し始める。
先ほどとは速度が違うのは、この鉱石の構成を理解して、慣れたからだろう。
次々にインゴットが積み上がっていく。
「……よし、こんなところだな」
ロレーヌがそう言ったのは、精錬を初めて三十分も経っていないくらいだ。
速い。
それこそ並の錬金術師なら、一日がかりの作業なのではないだろうか。
しかもロレーヌはそれから、
「次はこっちだ」
そう言って、大地竜の魔力に染まった《魔鉄》鉱石の方に取り掛かり始めた。
「……大丈夫なのか?」
あまりにも速いので心配になってそう尋ねるが、
「何、問題ない……」
そう言いながら、やはり次々とインゴットを積み上げていく。
こちらは、先ほどの《魔鉄》と違って、黄みがかった金属塊だ。
黄金というよりかはかなりくすんだ色合いで、輝きは薄いが、通常の《魔鉄》よりも圧力のようなものを感じる気がする。
気のせいかな?
「よし、これでいいだろう」
ロレーヌがそう言ったのは、さきほどよりも遥かに短い時間、十分ほどしか経っていない。
それなのに、その仕事は完璧であった。
「流石だな。しかし、これで無料っていうのは本当に悪い気がするな」
これだけのことを一般的な錬金術師に頼んだら普通に金貨が飛んでいくのではないだろうか。
一日がかりだし、品質も高いし、魔力も大量に使うだろうし……。
しかしロレーヌは首を振るのだ。
「それを言うなら、私も無料で世界唯一と思しき存在を研究させてもらっているわけだからな。本来なら万金に値する経験だぞ。なにせ、これくらいのことを出来る錬金術師なら探せば見つかるが、お前のような存在は探そうと思っても見つけるのは不可能だ。だから、気にするな」
本当にどこかにいないのかな、と思うが、少なくとも俺は会ったことは無いし、ロレーヌも見たことは無いのは間違いない。
そもそも《龍》に喰われなきゃならないと言うのがハードルが高いからなぁ……。
ともかく、
「じゃあ、お互い持ちつもたれつってことでいいか」
そう言うと、ロレーヌも頷いて、そうだな、と言った。