第141話 下級吸血鬼と木材
「特別な効果……というと?」
俺が尋ねると、ロレーヌは答える。
「確実にこれ、というわけではないのだが……たとえば、剣にしたとして、振るえば魔力を使わずとも岩の槍が放たれるとか、そういうものだな。つまり、魔剣や魔鎧などが作れる可能性が高い」
魔剣や魔鎧、と言えば、それ自体に強力な魔力を帯びた特殊な武具のことだ。
滅多に手に入らず、したがって、買えば白金貨が飛んでいくような代物である。
もちろん、それでも実際に使う者もそれなりにいるが、余程の腕を持っているか、余程の金を持っているかのどちらかだ。
俺のような木端冒険者には基本的に縁のないもので、手に入れるためにはひたすら依頼を受けて金を貯めまくるか、ランクを上げて名声を得、持ち主から貸与という形で手にするか、運よく迷宮で手にしてそのまま自分のものにするかくらいしかない。
それを作れると言うのは……。
それだけで大地竜に怯えた甲斐があったな。
ただ、問題は作ってもらうにも相当の費用が必要になってくると言うことだろうが……。
出せる気がしないな。
タラスクの素材を売ったくらいでは足りないのではないだろうか?
まぁ、その辺りは鍛冶師のクロープと相談すれば……いや、あまり値切るのもな。
しっかりとした腕には適正な支払いをしなければならない。
頑張ってお金を貯めるまで、こいつは死蔵かな……。
だが、相談だけは後でしておこうと思った。
「……当たり前だが、アリゼのための武具に、というわけにはいかないよな」
「そのうち贈るのは構わんが、最初から持たせるのは当然ダメだぞ。アリゼの教育によくない。身の丈に合わない強力な武具を初めから持ってしまうと、自分の実力を勘違いしかねないからな……」
確かに、それはそうである。
しかし、仮に魔剣や魔鎧を作ったとして、俺の身の丈に合っているかというと、そうでもないような気がするな……。
まだまだだし。
となると、やっぱりしばらくは作らないでおこうかな……。
いや、お金が貯まったら作りたい。
そして思うさま振り回したい。
……こういうよろしくない思考をする冒険者にならないように、アリゼに初めからそういう武具を持たせるべきではないな、と自分を振り返って思った。
「じゃ、こいつは後でクロープと相談でもするとして……残りの素材だ。灌木霊の木材は色々と持ってきたけど……短杖の素材としていいのはあるか?」
一旦魔石類などを移動してから、採取してきた灌木霊の木材をテーブルの上に置く。
それでもすべて、というわけにはいかないが、一応、見本として出せるように、戦っている最中に欠けた部分を端材として持ってきてあるので、それをまず置いたのだ。
全体についてはあとで一つ一つ出そうと考えている。
ロレーヌはテーブルに置いたいくつかの灌木霊の端材を見ながら言う。
「シラカバに、エボニー、それと……モミノキか。おかしなものを持ってくるかもしれないと少し思っていたが、意外に悪くないのを持って来たな?」
褒められた。
……いや、褒めてないか?
若干、期待してなかったというようなニュアンスを感じる……。
だから俺は言う。
「おかしなものを持ってくるかもしれないって、なんだ」
「強度のないものとか、加工が極端に難しいものとか、そういうのを持ってくる可能性も考えていた……まぁ、私が特に注意しなかったのが悪いんだが。今回お前が持ってきたものは、どれも悪くないぞ……ただ、エボニーはアリゼには重いかな。シラカバかモミノキのどっちかがいいだろう」
言われてみると、確かにエボニーの灌木霊は重かった気がする。
魔法の袋に入れるときは別に持ち上げる必要がないが、戦っているとき、その一撃一撃が妙に固く威力があって、かつ重かった。
……ん?
「……もしかしてエボニーはあまり良くなかったんじゃないか?」
「まぁな。ただ、お前が使うと考えればむしろ良かったと思うぞ。腕力もあるし、きっと結構乱暴な使い方もするだろう。それでも壊れないだろう強靭な木だからな。お前の杖に向いている。ただ、加工は簡単ではないぞ。挑戦だな、レント」
そう言って、ちょっと意地の悪い笑顔を向けるロレーヌ。
……まぁ、自分で持ってきたのだ。
そのくらいの責任はとることにしよう。
「魔石はどうする?」
「結構色々と選択肢があって、迷うな。色の好みもあるだろうし……そこは作るとき、アリゼの選択に任せよう」
杖に使えそうな魔石は、鉱山ゴブリンのもの、豚鬼兵士のもの、地亜竜のもの辺りになるだろう。
それ以外のは……一、二階層で採取出来るものだからな。
指定されたのは三階層以上の魔物の魔石だった。
「ちなみにだが、ゴブリンとかスライムとかの魔石だとダメなのか?」
「絶対にダメという訳ではないが、やはり魔力の増幅や制御の問題でやめておいた方が良い。アリゼはただでさえ魔力が多いからな。おそらくそれくらいの魔石を使うと、初歩の魔術であっても、すぐに割れるぞ」
「……魔力に耐え切れないわけか」
「まぁ、そうだな。ただ、魔力の扱いに長けていれば、そういう弱い魔石を使った短杖でも壊さずに使うことは出来る……が、当たり前だが、アリゼはそんなのには慣れていないからな。無理だ」
なるほど、よくわかった。
基本的には練習用の杖になるわけだし、そんなに簡単に壊れるようだと問題だろう。
また作り直すのも手間だしな。
まぁ、作り方に習熟するためにあえて、ということもありえないではないが、魔石が割れた杖を使うと、魔術の暴発の危険があるとも聞く。
そんな危険をあえて招く必要もないだろう。
「そういうわけだから、これらの魔石は引き取らせてもらってもいいか」
もちろん、そのために持って来たものなので、俺は頷く。
ロレーヌが、授業で使うものを集める責任は本来、教える自分にあるから、今回代わりにとってきてもらったということで報酬も支払おう、と言ってきたが、それについては必要ない、ということにしておいた。
そもそも俺もアリゼも授業料をロレーヌに支払っているわけだが、その金額は実のところかなり負けてもらっていると思う。
ロレーヌはなんだかんだいって優秀な魔術師で、まともに師事しようとしたらその報酬の相場は、金貨を出さないと無理なはずだ。
それなのに、そこまでしてもらうのはダメだろう。
そう言うと、ロレーヌは、別にもらえるものはもらっておけばいいのに、と言ったが、そういうところはしっかりしておきたいと思った俺だった。
まぁ、結構色々なぁなぁでやってきてはいる俺とロレーヌであるが、こういうときにお互いに別にいい、と言ってしまうからそうなっているだけで、元々、ただで寄りかかるつもりはない。
結局、結果的には寄りかかりまくりなんだけどな……。
それからロレーヌは、
「で、あとは《魔鉄》の精錬だな」
そう言った。




