第140話 下級吸血鬼と素材
明けて翌日。
今日の予定はオークショナー……つまりは、ステノ商会に行ってタラスクの素材について話をすることだな。
オークションでの売却金額の倍で売れるという話だから楽しみだ。
問題は、相手がどんな人物かということだが……。
金持ちやら権力者やらは偏見かも知れないが碌なのがいないような気がして少し怖い気もする。
ラウラみたいな酔狂な人物だといいんだけどなぁ。
無理か。あれは例外だ。
あとは、昨日とってきた素材の目利きというか、ロレーヌに見せないとならない。
あれで問題ないのか見てもらわないといけないからな。
たぶん大丈夫だと思うが……。
今日になったのは、結構遅く帰って来たし、量が量だからまた明日、ということになったのだ。
「……お、もう起きてたか」
ロレーヌが寝室からやってきて、リビングにいた俺にそう言った。
と言っても寝間着姿という訳ではない。
すでに着替えていつも通りの魔術師然とした格好のロレーヌだ。
朝が強いんだか弱いんだか分からない奴である。
いや、眠そうにしているときは徹夜続きで実験とか研究とかしているときだから、基本的には強いのかな。
「あぁ。不死者になって、睡眠時間は短くなったからな。というか、屍食鬼だったときは眠れすらしなかったくらいだ」
「今は少しは眠れるわけか。進化するにしたがって徐々に睡眠時間が伸びているというのは面白いな。人間に近づいているということかもしれん」
「そうだといいんだけどなぁ……」
実際はどうかと言えば微妙なところだろう。
今は、眠ろうと思えば眠れる、というくらいで、起きていようと思えばたぶんいくらでも起きていられるからな。
やったことはないが、感覚的に分かる。
「人間に近づくのはともかく、睡眠時間が短くていいというのは羨ましいがな。実験中、いいところで眠気が襲ってくると、あぁ、どうして人間には睡眠が必要なのかと考えてしまう」
「どこまでも学者だな……俺は寝るのが好きだから、むしろよく眠れる体に戻りたくて仕方がないぞ。今は寝ても眠りが浅いというか、必要ない行為をしているからかそんなに気持ちよくもないんだよな……」
それでも寝れるから寝るあたりあれだが。
長年繰り返してきた習慣は抜けにくいのである。
それにしても、不死者になって便利にはなったが、失ったものも色々ある。
睡眠の心地よさもその一つかもしれない。
「興味深い話だが……それは、今しなくてもいいか。それよりも素材を見せてくれるのだろう? それと……《魔鉄》の精製だったか」
ロレーヌが話を切って、そう言った。
まぁ、いつでもできる話だし、今日はすることがいくつかあるからな。
時間が惜しいというところだろう。
素材を見せることはともかく、《魔鉄》の精製とは何かというと、ロレーヌに錬金術の技術でもって《魔鉄》をインゴットの形にしてもらうという話である。
俺が採取してきたのはあくまでも《魔鉄》そのものではなくて、《魔鉄》の含まれた鉱石だからな。
迷宮産なので非常に高い割合で《魔鉄》が含まれているのだが、そのまま使うという訳にはいかない。
もちろん、鍛冶組合とかに持って行って精錬してもらう方法もあるが、それをすると金がかかる。
基本的には節約のために鉱石を自分で取りに行ったのに、余計に金がかさんだでは話にならない。
まぁ、別に単純にアリゼのために素材をとってきて師匠面してみたかったというのが理由の大半を占めているので、いっそ金がかかってもいいんだが、ロレーヌが出来るんだからやってもらった方がいいだろう。
「あぁ。そんなに量はないと思うが……」
言いながら、テーブルの上に素材を出していく。
食卓とは別の、ロレーヌが実験に使うためのテーブルなのでかなり広く、色々置いても余裕がある。
とはいえ、流石にすべて出せるかと言えばそんなことはなく、とりあえずは魔石と《魔鉄》の鉱石をいくつかだけだが。
灌木霊の木材なんかは一つずつだな。
量もあるし、大きさも大きさだ。
灌木のものとはいえ、家の中に広げるにはデカい。
「結構いろいろと採って来たんだな……お、これは豚鬼兵士の魔石か?」
流石、ロレーヌには見ただけで何の魔石か大体分かるようだ。
魔石には確かに色や形に特徴はあるが、個体によってまちまちでパッと見で見分けるのは意外と難しい。
少なくとも俺には出来ないな。
質の良し悪しはすぐ見て分かるんだけどな……引き取り額に直結するから。
とりあえず金になるかどうかで見てしまう辺り、根っから冒険者なのだなと思う。
出来るのは解体場の職員とか、余程の魔石マニアとか……あとはロレーヌのように博識かのどれかだろう。
「あぁ、第二階層に出たんだ」
「第二階層? ほう……《氾濫》が近いのかもしれないな。あれは珍しい魔物が現れたりするから、私としては楽しいんだが……」
「《氾濫》を楽しむなよ……なければない方がいいものだぞ」
まぁ、予測されていればほとんど被害は出ないものなのだが。
あまり大規模なものだと街一つ消滅するようなことも起こらないではないが、そこまでのものは中々ない。
「確かにそうだが、どうあがいても起こってしまうものでもある。どうせ起こるなら楽しんだ方が得だと思わないか?」
「それは……まぁ、そうかな?」
「そうさ……さて、《魔鉄》の鉱石の方は……ふむ、やはり質が良いな。む? これは……」
手に取って《魔鉄》の鉱石を見ていたロレーヌが、一つの鉱石で手を止め、じっと見入った。
「どうした?」
俺がそう尋ねると、ロレーヌはその鉱石を見せてきて、
「色が違うのが見て分かるだろう?」
という。
たしかに、鉱石の中に見える《魔鉄》は黄みががっているように見えた。
《魔鉄》はもともと、少し紫がかった鉄の色をしているものだ。
それがこのような色に染まっているのは……。
不思議に思って、俺はロレーヌに尋ねる。
「どういうことだ?」
するとロレーヌは、
「おそらくだが……お前はこれを大地竜が出たところで取って来たわけだろう? その魔力に当てられて変質したのだと思う。加工していない《魔鉄》は魔力に影響されやすいものだからな。まぁ、それでもこんな風になることはあまりないが……」
「もしかして、《魔鉄》としては使えないか?」
だとすれば迷宮に行き損である。
せっかく頑張って、大地竜に怯えつつ頑張って帰って来たのに、使えませんでしたでは目も当てられない。
しかし、その不安はロレーヌが払拭してくれた。
「いや、そんなことはないぞ。そもそも変質していないものもあるからな。本来の用途にはそちらを使えばいいだろう。ただ、変質した方は……」
「やっぱりそっちはダメか」
「そうではない。そうではなく、むしろ逆だな。大地竜の魔力で変質した《魔鉄》など、素材としての価値はかなり高いぞ。武具を作っても魔道具を作ってもいい。何か特別な効果もつくかもしれん」