第14話 都市マルトの検査
「……ところで、街に行ってみます?」
一通りリナの購入してきたものを身に付けて落ち着いてから、リナが俺にそう言った。
この言葉に俺は一瞬面食らう。
なぜと言って、果たしてそれが可能なのかどうか、不安だったからだ。
もちろん、もとから街に行けるようになるために存在進化を目指していたわけだし、今なら頑張れば行けるのではないかと考えている。
しかし現実に実行に移せそう、となるとやっぱり不安だ。
「……いけ、るとおもう……か?」
だから端的にリナにそう、尋ねる。
人間から見て、ローブを被って手袋を身に着け剣を腰に下げた俺は、果たして街に入っても大丈夫なのかどうか。
その判別を頼めるのはリナしかいないからだ。
これにリナは口元に手を当てて、
「うーん……ちょっと怪しい感じはしますけど、でもそんな人、いっぱいいますからね。顔を見せろ、とか言われる可能性もありますが、不幸中の幸いというか、その仮面、どう頑張っても外れないじゃないですか。いっそ、街に入るときに留められたら正直に外れないんだって言ってしまえばいいのでは。仮面を引っ張らせてみれば本当に外れないと分かるでしょうし」
「だけ、ど……そうし、たら、はだが……」
「そこは押し切るんですよ。魔物に生気を吸われたとか、その辺りで。確かに真実を知っていれば見るからにアンデッドそのものですけど、一般常識的に考えるとアンデッドとまともな会話なんて成立しませんからね。ちょっと喋りにくそうですが、間違いなく意思疎通が出来ている以上、アンデッドだ、って言われるより、魔物によって満身創痍な冒険者だ、と言われた方が納得できますよ。顔が見えてればそれも微妙でしたが、今は顔は見えません。行けます!」
リナはそう言って太鼓判を押してくれた。
実際のところどうなのかと言えば、彼女の分析は概ね正しいだろうと思う。
アンデッドは余程高位のものでなければまともな意思疎通などできないし、そう言ったものは近づいてきただけで分かる強大な存在感があるわけだが、今の俺にそんなものがあるとは思えない。
そもそも、それだけの力があったら街に入る入らないで悩む必要なんてなさそうだしな。
ともかく、怪しまれたらひたすらに押し切る、そうすればきっと大丈夫、とそんな感じな訳だ。
あとは俺の頑張りにかかっていると言えるだろう。
「わかった……じゃあ、がんばって、みる……」
「ええ! 行きましょう!」
リナがそう言ったので、俺は首を傾げる。
「……? どうい、う、ことだ?」
「え? 一緒に行くのでは?」
俺の質問に、リナはきょとんとした顔で答える。
俺はこれに驚く。
まさか一緒に行ってくれる気があるとは思ってもみなかったからだ。
なにせ、今の俺はアンデッドだ。
こんな俺と、街に入ろうとするのはリスクが大きすぎる。
ばれたら魔物の仲間扱いをされ、追われる可能性すらあるのである。
もしかして何も考えていないのじゃないか?
と思い、聞いてみる。
「……いっしょに、いったら……りなは、きけんじゃ、ないか……?」
「あー……まぁ、そうかもしれませんけど、一人で行くよりかは成功率が高いと思いますよ。人間が太鼓判を押してこの人は人間なんですって言っていれば、まさか魔物だとはあんまり考えないでしょうし」
「それは、そうだが……いい、のか? もし、ものとき、がある……」
「そのときはそのときです。そもそも、私はレントさんに会ってなければ死んでましたからね。一度くらいはレントさんのために命を賭けてもいいのでは?」
首を傾げてそんなことを言われたが、普通ならそこまでしないだろう。
分かってはいたが、リナは相当なお人好しらしい。
ありがたい話だ。
俺としては、彼女のことを考えるのであれば断るべきだ、と頭に過った。
けれど、街にはどうしても入りたい。
それに、彼女の言うことはもっともなのだ。
この人は大丈夫だと言ってくれる人間がいれば、確実に成功率は増す。
そして一度入れれば、次からは比較的すんなり通れるようになるはずだ。
顔見知りになれば、検査は緩くなるからな。
だから、俺はリナに頼むことにした。
「……では、たの、む……でも、いのちは、かけ、なくて、いい……。もしものとき、は、だまされて、いた、といえばいい……」
もしも俺の正体がばれても、最悪そう言えば、リナは無事で済むはずだ。
まぁ、それなりに疑われるだろうが、常識的に言って普通に話せるアンデッドという存在の方がおかしいのだ。
自分は冒険者で怪我をしたからこんな体なのだと言われて信じた、というのは明らかにおかしいとは言えない話である。
リナは俺の言葉に少し首を傾げて、
「そうしなくて済むといいのですが……いざというときは何か考えてみますよ」
そう言ってにこりと笑ったのだった。
◇◆◇◆◇
「……次!」
都市マルト西門で、門番をしている兵士の声が響いた。
リナがそれを聞き、
「……行きましょう、レントさん」
そう言って胸を張って歩き出す。
なんだかすごい頼りになるな、この子……。
他人事のようにそう思いながら、俺はリナの後に続く。
「……女と……男が一人ずつ、か? では、身分証を出してくれ」
若干間があったが、兵士は俺のことを男だと判断してくれたらしい。
見たことのない兵士だ。
顔見知りの少ない門を選んだことは、どうやら成功だったらしい。
俺の名前と顔が一致する兵士に当たると、少し面倒くさそうだからな。
反対に良い方向に作用する可能性もあったが……難しいところだ。
ともかく、兵士の言葉の後に、リナは懐から冒険者証である鈍色のカードを差し出す。
俺もまた、道具袋から銅の冒険者証を差し出して、素早く兵士に手渡した。
「……リナ・ルパージュと……レント・ファイナ、か。どちらも正規の冒険者証だな。問題ないだろう……で、お前?」
問題ないだろう、で安心して冒険者証を受け取り、街に入ろうとしたら、案の定止められた。
くそ、やっぱりか、と思いつつも慌てずに対応する。
「……はい。なん、で、しょう?」
「……変わった喋り方をする奴だな? できれば、その仮面は取ってほしいんだが……」
兵士がそう言うと、リナが、
「すみません。その人の仮面、呪われているらしくて、どうやっても外れないんですよ。喋り方は、喉の方、というか、顔周辺全体を魔物にやられてしまってて……」
そう説明した。
兵士は怪訝そうな顔でリナの説明を聞いていたが、俺が、
「……ひっぱって、みて、ください……」
と仮面のついた顔を差し出すと頷いて、仮面のふちに手をかけて引いた。
「……うぐぐっ……は、外れん……本当に呪われているのか」
「こんなことで嘘はつきませんよ……もともと、さっきも言った通り、顔周辺を魔物にやられてしまったので仮面を購入して身に着けたみたいなんですけど、運悪く……。普通に触っても呪いは発動しないみたいですが、顔に近づけると発動して外れなくなるものだったみたいで」
「あぁ……そういう特殊な条件で発動する品もあるらしいな。しかし、聖職者に頼めば外せるのではないか?」
「かなり強い呪いみたいで、普通の聖職者の方には厳しいらしいです。高位の方に頼むとなると……」
「金もかかる、ということか。確かに鉄級や銅級では厳しいな。だから傷もそのままというわけだ。なるほど……」
リナは兵士に淀みなく説明していく。
兵士も特に怪しんでいる様子もなく、最後には、
「よし、分かった。通ってよし!」
そう言ってくれたのだった。
リナはそれを聞いた時、俺に小さく目配せをして、微笑んだのだった。