第138話 下級吸血鬼と取り込まれるもの
「……大地竜? またとんでもないものに遭遇しているな、お前は。間違いなく何かに取りつかれているに違いない……」
呆れた顔で俺にそう言ったのは、家の主ロレーヌである。
あれから《新月の迷宮》をひたすら戻り、そして冒険者組合に腐りそうな素材を全部収めてきたうえで、帰って来たのだ。
魔石やら何やら、しばらく腐敗しないであろうことの間違いない素材については、アリゼのための武具の製造のために必要になるから持ってきている。
魔鉄は俺が使って鍛冶を……というわけにもいかないので、クロープのところに持って行ってオーダーする予定である。
その際はアリゼと一緒に行くことになるだろう。
あのおっさんはこだわりが強い。
使う本人がいないのは何事かとぶち切れかねない。
「俺だって心の底からそう思う……そもそも、なんであんなところに大地竜なんていたんだ? そんな情報一つも上がってきてないぞ。大体あそこは迷宮とは言え第四階層だ。おかしいだろうが」
ロレーヌの作ってくれたホットワインを何杯も煽ったせいで、若干、酔い気味な俺はここぞとばかりに文句を言う。
ロレーヌが悪いわけでは一切ないし、彼女に八つ当たりしているわけでもないが、とりあえず憤慨して文句を言わなければやってられない気持ちだった。
考えてもみるといい。
あの状況はたとえば、《水月の迷宮》の第一階層で鬼人にいきなり出くわすとか、安全な街道を歩いていたら大量のゴブリンの集団が襲い掛かって来たとか、そういうレベルの理不尽である。
そんなもの、どれだけ用心したところで避けようがない。
逃げたくともそのためにはまず、最低でも白金級という隔絶した実力が必要で、当たり前だがそんなもの今の俺が持ち合わせているはずもない。
無理に決まっている。
そんな俺の気持ちを理解してくれたのか、それとも酔っぱらいの戯言を適度に流すつもりでなのか、ロレーヌは微笑みつつ言う。
「まぁな……低階層で強力な魔物が出ることは全くないわけではないが……流石に第四階層で大地竜が出現するのは運が悪いとかそういうのを遥かに超えた理不尽だな。ただ、お前は生きて帰って来たんだ。とりあえずはそれを喜ぼうじゃないか。ごちそうも沢山作ったんだ。どうだ、美味しいか?」
彼女の言う通り、テーブルにはいつもより豪勢な食事が並べられている。
どれも彼女が手ずから作ったもので、しかも俺が食べても美味に感じるように血液入りである。
確かにかなり美味い。
ワインもそうだ。
むしゃむしゃごくごく……いや。
「うまいけど、そうじゃなくてだな……」
誤魔化されそうになって、俺は顔を上げてロレーヌを見る。
するとロレーヌは頷いて、
「まぁ、それでも気になることではあるよな。お前の話によれば、大地竜は地面に潜って消えていったということだが……」
「あぁ。採掘場みたいになっているところだな」
「あそこか……」
ロレーヌは行ったことがあるのか、心当たりがあるようだ。
「知っているのか……気になったんだが、あそこは迷宮がああいう風に創造した空間なのか?」
「いや、そうではないな。あそこの施設は人工物だよ。ただ、かなり昔のものだと思われるがな。お前も採取してきたように、あそこは魔鉄が採れるだろう? そのための採掘場だったと私は考えている。数百、数千年前の話だ」
また随分とスケールの大きな話である。
それほど昔となると、ここにはまだマルトがなかった頃の事じゃないか?
そのころからあの迷宮はあったのか。
迷宮の構造や出現する魔物、その攻略方法についてはそれなりに調べていたつもりだが、流石に歴史までは微妙だ。
ヤーラン王国や、都市マルトにまつわる基本的な歴史くらいなら押さえているが、それらが成立する以前の古代史となると……もう完全に学者の領分だろう。
ロレーヌは続ける。
「今は魔鉄と言えば、ドワーフたちの採掘技術の方が優れているからな。大量に確保するつもりなら彼らが流通させているそれを購入するのが早いし安上がりだ。しかし、あの採掘場が稼働していたころはそうではなかったんだろうと思う。たぶん、当時、魔鉄は貴重で、確保が難しいものだったのだろう。まぁ、今でも貴重は貴重だが、効率的に採掘できる鉱山もいくつかある今とは比べられないだろう。そうでなければ、第四階層とは言え、あんな魔物が出現する場所にわざわざ採掘場など作ろうとは思わん」
まぁ、確かにそうだろう。
しかし、そういうことなら……。
「あそこにある魔道具はなんでそのままなんだ?」
「それは、なんでそのまま置いてあるのかということか? それとも、そんな昔の品なのにどうして稼働しているのか、ということか?」
「その両方だ」
前者については、冒険者が貴重な魔道具を見つけたら持って行かないはずはないからこその疑問であり、後者は魔力を注ぐ者がいないはずなのに未だに普通に動くのはおかしいからだ。
どんなに高性能の魔道具でも、永遠に動き続けたりすることは余程特殊な場合でなければないはずなのだから。
これにロレーヌは頷いて答えをくれる。
「実のところ、それについてはどちらも答えは同じだな。あそこにある魔道具は、迷宮に取り込まれたのだ。したがって、持って帰ろうとしても持って帰れないし、魔力を注がなくとも動き続ける。全く訳の分からないシステムだが……そういうものだからな。仕方あるまい」
迷宮に取り込まれる。
それは、死した冒険者や魔物が、放っておくと迷宮から消えてしまうあの現象のことを指している。
しかし、魔道具にそれが適用されるのか……。
いや、死した冒険者の武具が取り込まれてどこかの宝箱に入ることもあるのを考えると、おかしくはないのか。
ただ、
「そのままの形で取り込まれる、なんてことがあるのか?」
あまり聞いたことのない話だからこその疑問だった。
ロレーヌは、
「ある、というほかあるまい。ただ、他にも例はあるぞ。迷宮内に街を作ろうとした善王フェルトのことは知っているだろう?」
それは、かつてある国において迫害された民族を連れて国を出奔し、放浪の末に巨大な迷宮を見つけ、そのワンフロアを都市として活用しようとした伝説の人物の事である。
もちろん、知っていたので、俺は言う。
「あぁ。それが、どうした?」
「あれは事実だ。私は彼が街を作ったと言う迷宮を知っている。そしてそこには、《街がそのまま残っていた》」
「んなっ……!」
そんな話は、聞いたことがない。
ロレーヌもそれは分かっているようで、
「ま、気持ちは分かる。というかこれは実のところ内緒の話だからな。私の故郷においても機密として扱われていたことだ。命が惜しければ黙っておけよ?」
「……おい」
いきなり恐ろしい秘密を教えられてしまった。
ロレーヌはそんな俺のツッコミを無視して、話を続ける。
「まぁ、そんなわけだから、採掘場についても別におかしくはないのさ。ただ、そんな話をしているのはこの国において私だけだ」
「それはどういう……?」
「この国の人間は、もちろん、冒険者組合もマルトの人間も、あの採掘場は迷宮が創造したものだと考えている。まぁ、当然と言えば当然だ。人が設置した魔道具がそのまま取り込まれて稼働し続けている、なんていう説は主流ではないからだ。お前は信じるか?」




