第135話 下級吸血鬼と地亜竜
――がきぃん!!
という音を立てて、俺の振り下ろした剣は、地亜竜に防がれてしまった。
しかし、鱗の固さに、というわけではない。
もちろん、地亜竜は下位竜族の一種、亜竜族なのであるから、その鱗の固さはその辺の魔物の皮膚のそれとまるで違うのは当然のことだ。
けれど、そんなことは俺も分かっていることだ。
まともに戦ったことは今までなかったのはもちろんだが、それでも知識だけは沢山仕入れている。
その中に、地亜竜のそれもあり、だからこそ、今までよりもずっと多く、武器と体に魔力を込めて攻撃したのだ。
それなのにも関わらず、こうして防がれてしまったのは、今、地亜竜の俺が攻撃した部分……つまりは頭部周辺を覆っている、岩の盾の効果によるものだ。
周囲の岩を一点に集めて、半球状の兜のような盾を、俺の攻撃を見て即座に形成したのだろう。
魔物の使う魔術、という奴である。
しかも、属性魔術。
これは、現代において人間にはどちらかと言えば古い魔術として分類されている魔術だが、その有用性については否定されていない。
というのも、魔術においては呪文も大事であるが、それ以上にイメージも重要とされており、属性魔術はその大半が自然現象をもとにしているために非常にイメージがしやすいものだからだ。
さらに、それ以上に属性魔術が有用であるとされるのは、まさにこの場所のような状況においてである。
属性魔術は長ずれば、周囲の状況そのものを武器とすることが出来るとも言われており、たとえば、地属性魔術を周囲に土や岩に満ちたところで扱えば、周囲の土や岩を集め、集中するなどして魔力を節約し、また魔術の威力を強化することも出来るのだ。
今、地亜竜が行ったことがまさにそれで、この鉱山の中で、周囲の岩を集めることによって盾を作り出したのである。
この辺りの地層は当然のことながら、《魔鉄》が含まれており、その強度は高く、さらに亜竜の強力な魔力によって強化されれば、その防御力は相当なものになる。
事実、俺の攻撃は防がれてしまった。
普通に考えれば、この時点でかなり詰んでいるということになるだろう。
不意打ちして、かつ自分の中でもかなり強力なつもりの攻撃を軽く防がれてしまったわけだから。
だが、このくらいで諦めているようでは、俺はいつまで経っても神銀級になどなれないだろう。
まだ、やりようはある。
切り札だって出していないのだし、あの盾にしたって何かしら隙はあるかもしれないのだから。
俺は一旦下がって、地亜竜の出方を見ようとした。
しかし、そんな俺に、地亜竜は物凄い速度で迫ってくる。
まずい……と思ったときにはすでに直前まで来ていた。
慌てて横に飛ぼうとするも、地亜竜は回転して尻尾を思い切り振って来た。
ちょうど、避けようとした方向から来た攻撃に、俺は剣の平を向けることでしか対処が出来ない。
尻尾の一撃が俺に命中し、そして吹き飛ばされ、
――ドォン!
と轟音を立てて壁に激突した。
ぱらぱらと岩壁が崩れる音がする。
それだけの衝撃だったのだ。
しかも、まだ地亜竜は攻撃を終わらせたつもりはない様だ。
吹き飛んだ俺を放っておいてはくれず、さらに突っ込んでくる。
避けなければ……。
壁に思い切り激突させられ、若干ふらりとした頭でとりあえずそれだけを考える。
横に避けても先ほどと同じように尻尾で攻撃されるだけだろう。
それなら……。
俺はギリギリまで地亜竜を引きつけ、それから直前まで来た時点で壁を足場にして跳んだ。
目指すは、地亜竜の背中である。
行けるか……?
空中を浮かんでいる間は、まるで時間が引き伸ばされたかのように長く感じた。
なにせ、この状態は最も無防備な瞬間なのだから。
いざとなれば羽に気を注いでどこかに吹き飛ぶくらいは出来そうだが、その場合はまた追いかけっこになってしまいそうだ。
頼む……。
短いような長い時間が、少しずつすぎていく。
地亜竜の頭部が近づき、そしてそこに足を延ばす。
まだ、地亜竜は気づいていない。
俺のいたところに突っ込んだことによって、土煙が起こって視界が悪くなっているからだ。
俺は通常の視界だけではなく、温度感知すら可能な不死者の特殊な視界でもって見ているから、分かるだけだ。
ありがとう、この体、と言いたい。
壁に追突させられてもふらふらするくらいで済んでいるのも、やはりこの体のお陰だしな……。
そして、俺の足が確かに地亜竜の頭を踏みしめた。
その瞬間、俺はすでに剣を振り上げていて、その頭部に向かって剣を振り下ろし始めていた。
避けると同時に、最大のチャンスでもあるこの瞬間。
当たれば一撃で倒せる可能性もある。
そう思っての攻撃だった。
しかし……。
剣は首筋に命中し、あと少し入れば、と思った瞬間に、地亜竜の首に瞬間的に形成された岩の鎧に防がれてしまった。
ダメだったか……。
そうは思ったが、それでも一応、傷を負わせることは出来た。
絶対に攻撃が通らない、というわけでもなさそうだ。
とは言え、ここからの攻撃はもう通せないのは明らかで、俺はとりあえず地亜竜の視界から逃れるために背中を走って降りることにする。
地亜竜も流石に背中にいる敵の正確な居所を掴むと言うのは中々に難しいようで、暴れるように体を振るった。
それから転がりはじめたが、その頃にはすでに俺は地に足をついて地亜竜の横にいた。
ちょうど、腹が見えている絶好の位置である。
――今だろう。
そう思った俺は、出し惜しみはせずに、剣に魔力と気を注ぐ。
魔気融合術だ。
それから、思い切り横薙ぎに腹を切った。
地亜竜の腹部は、背中や首辺りとは異なり、鱗がほとんどなく、柔らかく切れていく。
もちろん、魔気融合術の力が大きいだろうが、それでもここまで抵抗がないとは思わなかった。
弱点、というわけだな。
それは図鑑などにも書いてあることだが、腹を自分の方に向かせる方法など中々なく、積極的に狙うのは難しい。
今回は運が良かった……。
ただ、地亜竜の生命力は腹を切り裂かれたくらいでは尽きないらしい。
それでも立ち上がり、俺の方を向く。
それから、地面を片足で叩くと、ぼこぼこと地面から槍のように岩が盛り上がって来た。
それを避けながら、俺は止めを刺すべく、地亜竜の方へと走る。
地亜竜はそんな俺を見つめ、空中に岩の槍を形成し、俺に次々に放ってきた。
しかし、傷が深く、集中力が乱れているのか、その狙いはあまり正確ではない。
それでも脅威は脅威なのだが、先ほどまでと比べれば何ほどの事でもなかった。
俺はそして、地亜竜の正面に到着し、そして飛び上がる。
その首筋を狙ってのことだった。
今なら、あの岩の盾を張れないのではないか。
そう思ってのことだ。
そしてその予想は的中した。
素早く振り切った俺の剣に、地亜竜は盾を張ろうとはしていたが、その強度は明らかに落ちていて、魔気融合術による剣の一撃の前には柔らかい何かでしかなかったのだ。
俺の剣はそのまま、地亜竜の首を切り落とし、そして、その体はそれと同時にずずん、と大きな音を立てて倒れたのだった。