第132話 下級吸血鬼と幻影
第四階層の岩山は、むき出しの外壁部分と、内部へと続く洞窟部分の二つがある。
洞窟部分は通路であると同時に坑道になっていて、中では多様な鉱石類を得ることが出来る。
俺の目的は、それだ。
アリゼには剣と軽鎧辺りを作ってもらって贈ろうと考えており、第四階層で採取できる金属がちょうどいいだろう、と思ったのだ。
俺は、岩山を上り、そしてそんな岩山の山肌に開けられた坑道を見つけると、内部から何か魔物が出てこないかと警戒しながら、ゆっくりと入っていく。
◇◆◇◆◇
坑道の中は入り組んでおり、あまり奥に入り込むと帰ってこられなくなることもあると言われる。
そのため、本来は複雑に入り組んだ坑道内部をマッピングした地図を購入する必要があるが、俺には《アカシアの地図》がある。
自分の足で歩いたところしか表示されないが、それでも戻れなくなると言うことはまずない以上、地図を買う必要はなかった。
その代わりに採掘できる場所は自分で探さなければならないけどな……。
坑道を歩きながら、ふっと目に入った壁が崩れたところを見る。
おそらくは、先人たちの誰かが掘ったあとだろう。
こういうところは、すべて掘った跡ならともかく、そうでないことが多く、まだ採掘が可能なことが普通だ。
俺は魔法の袋の中から板を取り出す。
魔力に僅かながら反応する、お安い板である。
つまり魔道具の一種なのだが、これを一体何に使うかというと、壁に掲げながら前方に魔力を放つ。
そのまましばらく待っていると、ふわりとした感覚がして、持っている板が微妙に発光した。
これで何が分かるかというと、俺が必要としている金属がこの向こうにまだ存在しているかどうかが分かるのだ。
俺が求めているのは《魔鉄》と言われる通常の鉄よりも強度が高く、魔力との親和性の高い金属である。
魔力を注ぐと、一部吸収し、一部反射する性質があり、その反射を今俺が持っている板は感知できるのだ。
つまり、掘れば《魔鉄》が向こうにある、というわけである。
ロレーヌのように見ただけで魔力の有無が分かる技量があるとこんなもの必要ないのだが、俺には無理だからな……。
俺は魔法の袋の中からツルハシを取り出し、壁に向かい、腕をまくった。
よしやるぞ、というわけである。
カンカンと音をたてながら、壁を叩く。
このツルハシは魔力にも耐えられる仕様であるため、魔力を注いで叩いても問題がなく、ガンガンと採掘は進む。
あまり長時間かけると魔力不足になってしまうが……この調子なら、問題ないだろう。おそらく。
しばらくすると、岩しか見えなかった壁の向こう側に、鈍色の物体が見えてきた。
おそらくは《魔鉄》を含む鉱石だろう。
俺は採掘の速度を速めた。
鈍色の壁は、今まで叩いていた壁よりもずっと固かったが、今の人間離れした腕力と魔力による強化の前には何ほどの事でもない。
驚くほど簡単に鉱石を採掘することが出来た。
しかし……。
「……あまり質が良くないか」
《魔鉄》交じりの鉱石を拾って矯めつ眇めつ見てみるが、混じっている不純物の割合がかなり多い。
見ただけで分かるくらいだ。
これだと、かなりの量を持って帰らないと必要なだけの《魔鉄》は得られそうもないし、これを使ってもあまり性能のいい武具は作れないだろう。
まぁ、そんなに性能のいいものを作ろうとしているわけでもないのだが、悪すぎてもな……。
ここまで良くないのはダメだ。
俺はせっかく採取した鉱石だったが、その場に放って、次の採掘場所を探すことにした。
残念だった、というほどでもない。
最初からある程度は予想していたことだ。
この岩山の鉱石は、基本的に深部に行けば行くほど、質が上がっていくと言われているからだ。
こんな坑道入り口からさして離れてもいないところで採掘したところで、それほど質のいいものはとれないと分かっていた。
けれど、とりあえず一度採掘してみて、どんなものかは分かっておきたかったためにやってみただけだ。
やはり、深く潜らないとな……。
◇◆◇◆◇
ふっと、誰か、人の影が坑道の向こうに過った気がした。
――誰かいるのか?
他に冒険者がいても、それは何もおかしいことではない。
ただ、少しだけ、違和感がした。
存在感が希薄というか……なんだろうな?
分からない。
とりあえず、見に行ってみるかな……。
いや、でもこういう好奇心の結果、こんな体になってしまったわけで、身の安全を考えるなら見に行かない方が……。
とも思ったが、最終的に俺はまさに好奇心に敗北した。
そういう性格でなければこんな風になることなんてなかったのだから、ある意味当然といえば当然だったかもしれない。
まぁ、もしも危険なことがあったら、即座に走って逃げればいいさ。
今なら消耗さえ考えなければ、結構な素早さでもって逃走することも出来るだろうしな。
そう思って俺は人影が見えた方に歩いていく。
……。
別に誰もいないな。
気のせいだったか……。
と思ったら、
「……貴方は誰。どこから来たの?」
と後ろから声がかかった。
驚いて振り返ると、そこには一人の少女が立っていた。
幼い少女だ。
五、六歳と言ったところだろうか。
ただ、その雰囲気に幼いところはない。
猜疑心といらだちが混じった様な、大人にしか出せないような表情をしていた。
俺が驚きつつも口を開いて何か言おうとしたところ、
「……わからない。いや、俺は……」
と、これまた、後ろの方から声が聞こえてきた。
俺の声ではない。
誰か別の人物が背後にいるらしい。
振り返ってみると、そこには、古くなって襤褸となったローブを身に纏った者が、一人立っていた。
異様な雰囲気の人物だ。
何か底知れぬ存在感を漂わせていて……けれど、何か不安げによろけている。
少女のした質問に、何かを深く考えているようで……。
何者なのだろう。
そう思っていると、ふっと、俺の胸を通り抜けて少女が顔を出し、ローブの人物に言う。
至近距離で見た少女の姿は、よく見ると、透けていた。
実在していないのか?
ここにいるわけではない?
だから俺が、見えていない……?
ローブの人物の方も、やはりよくよく観察してみると、少し透けている。
「分からない? どこから来たにしろ、ここに来るにはどこかは歩かなければならないのだけど。それなのに、分からない?」
少女が尋ねる。
ローブの人物はしかしそれでもかぶりを振って、
「分からないんだ……分からない。何も分からない……俺は……なんなんだ? ここは……」
そう叫んだ。
すると、あまりにも激しく頭を振ったからか、被っていたフードが外れる。
――おい。
俺はそれを見たその時、心底驚いた。
そこにあったのは、骸骨だ。
眼窩に光を称えた、しかし理性ある視線を宿す、骸骨。
複雑な刺青が刻まれ、それがぼんやりとした青色に発光している。
刺青には覚えがないが……しかし。
しかし、あれは間違いなく――骨人。
かつて、俺がそうだったもの、それに他ならなかった。




