第131話 下級吸血鬼と不安な足場
流石に一匹落とされて警戒したのか、蜥蜴人は俺から距離をとった。
後ろにいる一匹は、前の一匹が吹き飛んできても十分に避けきれるような位置にまで下がり、前にいる一匹は重心を低くして吹き飛ばされまいという格好をしている。
少し、面倒な気もするが、それならそれで構わない。
突き落とすことによって決着をつけるのは、あくまでもそれが手っ取り早いからで、本来は倒した方がいいのだ。
最近、豚鬼程度では魔物の力が吸収できなくなっており、四階層の魔物からならもっと力を吸収できるのではないかと考えていた。
突き落とした蜥蜴人の力は吸収できた感じがしないので、未だに生きているか、そもそもあんな倒し方では魔物の力を吸収することは出来ない、ということなのだろう。
俺は細い一本道を進み、蜥蜴人との距離を詰める。
身長があるので、近づくと大きく見えるが、これくらいの大男なら人間にもいる。
大きいため、小回りもあまり効かないだろう。
実際、俺が近づいてくるのを察知した蜥蜴人は剣を振りかぶり、俺に一撃加えようとしてきたが、蜥蜴人が振り下ろすよりも早く、俺はその懐に入って剣を振った。
もう、第四階層である。
森魔狼の体ですらあれだけ切りにくかったのだから、蜥蜴人は更に固いだろう。
そう思って、初めから魔力の出力は強めにしておいたが、それでも剣はあまり深くは入っていかなかった。
浅かったか。
そう思って、俺は蜥蜴人から距離をとるべく後ずさる。
単純な腕力であれば、おそらくは向こうの方が上だろう。
あまり近くにいすぎて、戦いが力比べの方向に進んでしまうのはまずい。
それよりも、この感じなら、一撃離脱方式で何度もやるしかないだろう。
魔気融合術を使えばもっと深く傷つけられるだろうが……あれは消耗が激しいのだ。
まだどれくらいの強敵と出くわすかわからない今は、まだ、温存しておきたい。
確かに剣は通りにくいが、全く効いていないという訳でもない。
しっかりと斬撃は通っているし、何度か繰り返せば倒せるはずだ。
魔気融合術を出すときは、本当に切羽詰った時である。
そういうわけで、俺は再度仕切り直しとばかりに構えなおした蜥蜴人にもう一度向かっていく。
すると、蜥蜴人の構えが先ほどとは異なり、腕を体の方に寄せ気味になっている。
二度、同じ手を食うつもりはないと言うことだろう。
懐にはもう入れてやらんぞ、というわけだ。
しかし、構えが変わってくると、反対に疎かになってくるところも出てくる。
武器を手元に引きすぎた結果、間合いが短くなっているのだ。
俺が懐に入ったのは、あくまでも蜥蜴人が俺と比べてはるかに巨体であり、リーチの面で大きく劣っていたからだ。
自分の得意な距離で戦おうとしたのである。
けれど、向こうからその有利を捨ててくれたのであれば、むしろ俺としてはやりやすい。
俺は蜥蜴人に迫る速度を速め、切りかかった。
案の定、蜥蜴人は俺の剣を防御するべく、自分の剣を動かすが、先ほどよりも速度が遅くなっている。
それでも確かに懐には入れなくなっているので、蜥蜴人の目的は達成されていると言えるが……。
続けて顔に向かって剣を振るうと、蜥蜴人は剣を素早く動かすことが出来ずに防御し損ねた。
「……ギギィ!」
と、痛みに呻き、それから剣を滅茶苦茶に振り出したので、俺はもう一度下がる。
それから、俺が離れたのを確認したのか、蜥蜴人は剣を止め、傷ついた顔でこちらを睨みつけた。
青い血がたらたらと地面に落ちている。
一滴落ちるごとに、僅かに白い煙が上がっていることから、強い酸性の性質を帯びているのだろう。
流石にいくら俺が食いしん坊でも、あれは飲めないな……。
ダメージは確実に蓄積している。
もう次で決める気で突っ込むか……悩みどころだ。
すると、前に出ていた蜥蜴人はゆっくりと後ろに後ずさっていき、そして後ろにいたもう一匹と場所を交換した。
……まぁ、向こうからしてみれば、それがいいだろう。
今度の奴は槍を持っている。
かなり面倒くさそうな奴が出て来たな、という感じだ。
あまり相手にしたくないが……なるほど、相手にしないと言うのもありかもしれないな、と思う。
そして、俺は地面を踏み切り、今までで一番の速度で蜥蜴人に近づく。
蜥蜴人はそんな俺を叩き落とすべく、槍を構え、そして直前で突き出してきたが、俺はそれを剣の腹で受け、辿り、蜥蜴人の方に近づいていく。
そして、懐までたどり着いて……それでも足を止めずに、蜥蜴人の横をすり抜けた。
一本道は広くなく、蜥蜴人がやっと乗れる程度とはいえ、それでも俺が何とか通り抜けられるくらいの足場はまだ、空いていたのだ。
俺はそのまま、後ろの方に下がった、先ほどまで相手をしていた蜥蜴人の方に向かう。
向こうはすっかり休憩気分か、観戦気分だったのかもしれない。
突如横からすり抜けてきた俺を驚いたような顔で見つめていたからだ。
蜥蜴人にも表情があるもんだな、とどうでもいいことを思う。
あわてて構える蜥蜴人。
しかし、もう遅い。
俺の剣の方が早い。
横合いから殴りつけるように思い切り振った剣は、蜥蜴人の腹に命中し、そしてそのまま吹き飛ばした……つまり、その蜥蜴人は空中に投げ出され、どこへ続くとも分からない奈落の底へと落ちていった。
俺はそのまま走り、岩山の方へと向かう。
まだ一匹、一本道の上にいるのは分かっているが、ここで無理に戦うこともないのだ。
落ちる恐怖に怯えながら戦うのは嫌だ。
俺はそんなに高いところが得意なわけではないのだ。
好きは好きなのだが、落ちそうな状況だとやっぱりちょっと怖い。
だからとにかく一本道を走り、絶対に落ちないだろう岩山の開けたところへとたどり着いた。
そこで後ろを振り返ると、俺を追いかけていたらしい蜥蜴人最後の一匹が俺を血走った眼で見つめていた。
仲間をやられて怒り心頭、というところだろうか。
だったらあんな危ない場所にどたどた三匹でやってくることもあるまいに、と思うが、迷宮の魔物がどういった行動原理で生きているのか分からないので何とも言えないところだ。
四階層に人が入って来たら何が何でも戦いを挑まなければならないようにされているのかもしれないからな。
実際、毎回必ずやってくるらしいし、彼らにしてみれば一種の呪いなのかもわからない。
まぁ、だからと言って、手加減してやろう、とはならないが。
蜥蜴人は止まって向き直った俺に、槍を構えて走って来た。
先ほどまでだったらその巨体から繰り出される攻撃を受けただけで落ちてしまいそうで怖かったが、この安全地帯においてはそんな恐怖などまるでない。
俺も蜥蜴人の方へと走り、そして直前で右に飛び、横合いから剣を振るってその腹部に斬撃を叩き込む。
さらに足も切り付け、それによって頭が前に傾いだ瞬間を狙って、剣に魔力を多めに注ぎ、思い切り首筋に向けて剣を振り下ろした。
剣は重かったが、それでも蜥蜴人の首を切り落とすことに成功する。
先ほどまでの、のろのろした戦いとは全く違った展開だが、それだけあの足場の不安定さは俺にとって厳しかったということだ。
ああいう場所でも十分に戦えるように訓練が必要かもしれない、と思った。
ともかく、これで第四階層の第一関門はクリアである。
しっかりと素材を剥ぎ取って、先へ進もう……。