第128話 下級吸血鬼と階段周辺
それからしばらくの間、俺は灌木霊を狩り続けた。
シラカバが変異したものでもおそらくは素材として問題ないと思うが、他にもいくつか採っておきたい。
樹木としての種類によって特性は異なる、とはロレーヌも言っていたことだ。
ただ今回はその辺りについてはそれほど拘ってはいないとも言っていたが……一応である。
結果として、シラカバ以外にも、エボニーやモミノキなども採取することが出来たので、十分だろう。
ブドウの木もあって、そいつは命中すると破裂し、中から強酸性を帯びた果汁を撒き散らしてくる厄介な攻撃を放ってきた。
俺は毒の類については何の問題もないが、酸は当たれば普通に焼けることがそれで理解できてしまった。
幸い、俺の身に付けているローブはこの酸にある程度は耐えられるようで、何とかなったが、あれとはもう会いたくない。
というか、あれに遭ったからもうそろそろ灌木霊狩りはやめようと思った。
魔術さえあれば遠くから魔術を放ってもっと安全に灌木霊の判別が出来るのだが、今の俺には無理な話だ。
エーデルに頼むことも考え、実際に頼んでみたが、威力が若干強すぎてダメだ。
素材を採りに来たのに、素材を大きく傷つける風の刃とか、山ごと燃やしそうな火炎の弾とかしか使えないようである。
まぁ、これについては俺がそのうち頑張って魔術を覚えて解決するしかないだろう。
灌木霊に限らず、周囲と擬態するような魔物は少なくない。
そういうときに、判別法がぶったたくしかないというのはあまりに問題だ。
《水月の迷宮》程度じゃ、そんな心配する必要はなかったが、これからはそういうわけにはいかないのだ……嬉しいやら面倒やら。
頑張るしかない。
さて、そんなことを考えながら迷宮を歩き続けていると、ふっと森が開けた広場に出る。
そこにはどう考えても自然な森には存在しないであろう、地下へ向かう階段があった。
階段がどこに続いているのかは明白で、迷宮の次の階層、第四階層だろう。
分かってはいるが、改めて冷静になって考えてみると、迷宮というのは意味が分からないな。
誰が、どんな理由でこんな存在を作り出したのか……神か精霊の仕業なのだろうか?
色々と説はあるが、分かってはいない世界最大の謎の一つである。
つまり、俺に解けるはずがないということだ。
こういうのはロレーヌたちみたいなのの仕事だな……。
俺の仕事は、そうではなく、魔物を倒すこと。
あの階段の周りをうろうろしているような、な。
すんなりと第四階層に行けることを期待していた俺だったが、迷宮もそうはさせまいと思っているのか何なのか、次階層への階段の周辺には森魔狼が屯していた。
森魔狼、その名の通り、森林を主な生息地にする狼型の魔物であり、この第三階層にも出現する。
単体での戦闘力はそれほどではなく、せいぜい通常の狼に毛が生えた程度なのだが、群れとなるとその危険性は段違いになる。
数匹で協力して狩りを行う性質があり、また複数体いるとその咆哮によって周囲の魔物を鼓舞し、強化することが出来る厄介な特技を持っている。
それが、今俺の目の前に五匹いる……困った。
しかし、あれを倒さなければ先には進めない。
まぁ、究極的には進まないで帰る、という選択肢もなくはない。
実のところなんだかんだ言って短杖を作るために必要な素材は手に入れている。
杖の持ち手部分を作るための灌木霊の木材に、杖頭につける魔術触媒となる、豚鬼兵士の魔石だ。
豚鬼兵士は本来、四階層、五階層で出現する魔物であるため、短杖の素材として使えなくはないのである。
ただ、本来生息する階層から離れた階層にいたからか、その魔石の質はかなり低下しており、出来ることなら別の魔石が欲しいな、というくらいのものなのだ。
まぁ、初心者のための短杖を作るためであるし、多少質が悪くても作れればそれでいいような気もするが、魔術触媒は下手なものだと魔術が暴発する危険性もあり、そんな危ないものをアリゼに使わせたいとは思えない。
したがって、他の魔石を……というわけだ。
その点、森魔狼の魔石だったら悪くなさそうだが……まぁ、もし得られても、帰ろうと言うことにはならないだろう。
なにせ、まだ俺は俺がアリゼに贈る予定の武具のための素材を集めていないからな。
どうせここまで来たのだから、四階層の素材を持って帰りたい。
いくつか、あてがあるのだ。
そのためにはやはり、森魔狼を倒すしかあるまい……。
腰に手をかけ、剣を抜く。
剣と体に魔力を込め、強化する。
森魔狼は速度に定評のある魔物で、初撃がうまくいくかどうかでその後の戦いの運びが決まるだろう。
一撃目は必ず入れるぞ。
そう思って、俺は思い切り地面を蹴り、剣を振り上げた。
◇◆◇◆◇
「……ギャワンッ!!」
と、甲高い鳴き声を上げたのは、階段の周辺をうろついていた森魔狼の中でも一際大きな体を持つ一匹であった。
おそらくは、あれがこの森魔狼の集団を統率する一匹だろうと考え、狙ってみたのだが、その予測はどうやら正しいらしい。
鳴き声と共に、周囲の森魔狼たちが警戒をあらわにして俺の方を睨むように見つめ、そして突っ込んできたからだ。
集団のリーダーをやられて腹を立てた、というところだろうか。
見上げた忠義であるが、その動きは俺にとってひどく読みやすいもので、初撃の狙いは成功したと言っていいだろう。
俺は向かって来た一匹を切り付け、弾き飛ばし、また次にやって来たものも同様にした。
いくら早いと言っても、まっすぐ突っ込んでくるだけなら待ち伏せて叩き伏せるだけで済む。
これほど楽な狩りはない……と思っていたら、やはりリーダーらしき個体はすぐにそのことに気づいたようだ。
大きな声で吠え、他の森魔狼に注意を促した。
森魔狼の皮は、随分と厚く丈夫なようで、俺の斬撃を受けても深手はまだ負っていないようである。
流石に《新月の迷宮》も四階層手前まで来ると、魔物の耐久力も上がっているらしい。
灌木霊はたまたま弱点をつける手段を持っていたからの楽勝だったということかな。
相性の良さもあっただろう。
しかし、この森魔狼たちは……。
中々に難しそうである。
リーダー格の個体の咆哮ですっかり冷静さを取り戻してしまった森魔狼たちの動きはもはや、一流の狩人のようである。
もう、そう簡単には油断も誘えなさそうで……事態は膠着状態に陥った。
そんな中、ここまで戦い続けて疲れているのか、今回は全く戦わないで肩に乗っかっているエーデルを、あの森魔狼の中に投げ込んで、食べている間に切り付けるという案が一瞬頭に浮かぶが、頼むからやめてくれという意思が飛んできたので、特別にやめてやることにした。