第126話 下級吸血鬼と灌木霊の本体
灌木霊と思しき木を叩くとどうなるか。
それは非常に想像しやすいものだ。
灌木霊は植物の変異したもの、とはいえ、基本的には魔物なのだ。
魔物というのは一部例外を除いて、大抵が獰猛なもので、そういうものを不用意にべしり、と叩いたらどうなるかというのは……。
「……ジュルルアウアァァァア!!!」
近くにある一つの小さな灌木をべしり、と叩いた直後、木がたてるものとはとてもではないが考えられない叫び声とともに、普通なら動くはずのない枝や蔓が生き物の一部のごとくズルズルキシキシと動き出した。
そして、その蔓は鞭のようにしなって俺に向かい、また木の枝は槍のように俺に対して突き出される。
明らかに、その木には俺を攻撃する意思があることがよくわかった。
本来樹木と蔓は同じ植物であっても、あまり相性の良くない存在のはずだが、魔物化したことによってその関係性が変化しているらしい。
仲良く俺を狙って絞め殺すか突き殺すかしようとしてきている。
どちらも勘弁願いたい。
心の底からそう思った俺は、襲い来る蔓を切り落とし、さらに俺を刺すべく向かってくる枝は体を捻って避けた。
幸い、灌木霊の本体部分に当たる幹は太く、移動はそれほど自由自在という訳ではなさそうだ。
切り落とした蔓はびたんびたんと蛇のようにのたうち回っていて、そのまま地面に新たな根を伸ばし始めている。
……そのまま死なないのか。生命力強すぎ。
と思ったが、その台詞は不死者である俺が言えたことではなかった。
そもそも、俺って絞め殺されたり刺し殺されたりするのかな?
吸血鬼系統の魔物に止めを刺すには、心臓を銀の武器で刺せとか、それがないなら武器を聖水につけてから心臓を刺せばいいと言われている。
実際、下位吸血鬼はそう言った方法で退治されているし、中位吸血鬼も稀にだが討伐例はある。
それ以上となると討伐例はほとんどなくなって、耳には入らなくなってくるから、可能なのかどうかは微妙だが……。
まぁ、聖水とか銀に気を付ければいいのかな。
聖水で苦しむことはないということを考えると、銀だけ気をつければいいのかもしれない。
でも銀にもロレーヌの実験の一環で触れたことはあるが、特に問題はなかった。
普通の吸血鬼とはありとあらゆることが違っているので、意外と普通に刺されただけで死ぬのかもしれない。
わからん。
まぁ、俺自身のことはともかく、灌木霊は切ったからと言って安心はできなさそうだ。
蔓から伸びている根の伸びる速度はゆっくりだが、見てわかるくらいの速度ではあるので普通の植物と比べるとけた違いに成長が早いのは間違いない。
放っておけばあれはまた別の灌木霊になるのかな……。
そんなことよりも目の前の本体の方か。
灌木霊の見た目はそのまま、動くお化け樹木である。
幹に当たる部分には凶悪そうな顔が浮き出ていて、実に気持ちが悪く、あまり好きになれるような見た目ではない。
目や口にはぼんやりとした光が点っていて、それがゆらゆらと動く。
加えて、枝や幹に蔓が巻き付いていて、木だった時代に寄生されていたのか、灌木霊になると生えてくるのかは謎だ。
本で仕入れた知識によると、蔓があるものと無いものがいる、とのことで、そこからするともともと寄生されていたと考えるべきかもしれない。
今俺の目の前で荒れ狂うように枝を差し出してきている灌木霊は、幹の表面が白く、細いことからたぶんだがシラカバの木が変異したものだろう。
俺は樹木については良く知っているというわけではないので、こいつが短杖の素材として適切なのかどうかは分からない。
ただ、その辺りについては一応、ロレーヌに聞いており、灌木霊になった時点で木材としての強度はかなり上昇しているという。
こうやって自らの体を武器に戦っていることからもそれはなんとなくわかる。
結構な力で叩いているのに中々折れないし……切ることは気や魔力を込めれば出来るわけだが、そんなのはどんな木材でも同じだ。
つまり、強度についての心配はいらない。
大きさの方は……作るものが短杖であり、長くて四十センチ前後である。
それほど大量の木材は必要ないだろう。
まぁ、それでも何種類か確保しておくつもりではあるが。
それだけに一体にあまり時間をかけるわけにはいかない。
何度か打ち合ってわかったことは、この灌木霊にはさしたる攻撃手段はなさそう、ということだ。
蔓と枝、そして本体自身の体当たり。
これなら、一気に行ってしまっても大丈夫そうである。
そう確信した俺は、灌木霊の次の突きを待った。
そして、突っ込んできた灌木霊の枝を直前で避け、切り落としたうえ、幹の部分にある顔の目の部分に剣を刺し込む。
まるで何もない穴のように見えるが、あの奥にこそ本当の灌木霊の本体がある。
木の部分というよりも、幹の中にある不定形の霊体こそがその本体なのだ。
つまり、むき出しの弱点の訳で、普通なら一番に狙いたいところだが、あまり狙う者はいない。
なぜなら、普通に攻撃したところでそこにあるのは霊体である。
通常の攻撃では命中しないのだ。
では、どういう方法によるかと言えば、物理的に灌木霊の幹を破壊するのである。
なぜなら、灌木霊の本体は、存在が非常に希薄なため、張り付いている幹がある程度以上破壊されると、その時点で存在を保てなくなり、消滅してしまうからである。
ただ、その方法によると灌木霊をかなり切り刻み、叩き壊さなければならないため、とれる素材の数は激減する。
あまり大きな木材は必要ないとはいえ、出来る限りとれるものはとっておきたい。
余りは普通に売却すれば、通常の木材よりも数倍高い値段になるため、稼ぎたい俺としては物理的破壊による討伐という選択肢はない、というわけだ。
では、通常攻撃が効かない相手にどうやって攻撃を通すのかと言えば、魔力か気である。
不定形のものや、霊体にはそれが使えなければそもそも戦いにならないのだ。
最も効力が高いのは聖気だが、これは使える者がそもそも少ないので代表的な手段とは言えないだろう。
俺は、魔力を剣に込めて突いたわけで、その直後、
「ギギィィィアヤァァァァア!」
と甲高い悲鳴のような声が灌木霊の不気味に開いた口から聞こえてきた。
そして、ぼんやりとした黒いものが灌木霊の体から噴き上がり、霧散していく。
それから、灌木霊の目と口から、光が徐々に失われていき、そしてどすり、と音を立てて地面に倒れたのだった。
どうやら倒せたらしい。
地面に根を伸ばしている蔓の方は、未だに生きているようだが、その根の伸びる速度は通常に戻ったようだ。
少なくとも見ている限りは伸びているのかどうか分からない。
灌木霊の樹木本体の方は、横倒しになってはいるが、ほとんど傷もなく、素材としては十分な状態ではないだろうか。
俺はそれから、周囲を見て、魔物が他にもういないことを確認すると、採取に移ることにしたのだった。




