第117話 下級吸血鬼と返答
ダリオの言葉になおも、俺は悩む。
別に、会うのがそこまで嫌だ、という訳ではない。
しかし、問題がある。今の俺は魔物なのだ。
知り合いと少し会話をするくらいならともかく、初対面の、おそらくは権力か財力を持った人間といきなりかなり深い話をするというのは恐ろしいものがある。
正体がばれて討伐、という事態は、可能な限り避けたいに決まっている。
けれど、冒険者をやっていくというのであれば、徐々にランクを上げるにしたがって、そういうことはむしろ増えていくだろう。
ラウラの件がいい例だ。
腕を見て、それを見込んで依頼をする。
難しく、高額の依頼ほど、依頼者本人がその冒険者の目利きをし、そして実際に会って人柄を確かめてからする、ということが増えていくのだ。
ただ、ラウラのときと今回のことは、俺にとっては事情が異なる。
ラウラのときは、すでに一度話して、ある程度人柄を察することの出来たイザークがいたが、今回は、オークショナーにしろその紹介したい人物にしろ、どんな人柄なのかさっぱり分からないからだ。
だからこそ、怖い、という感覚がある。
そのため、可能であるならば断わりたい、と思ってしまう。
けれど、冒険者として上を……神銀級を目指すのであれば、これを断るのは間違いなのは分かる。
権力や財力のある者と、多く知己を得ておけば、それによってされる依頼の質も変わってくるし、そういう冒険者を冒険者組合は重用し、色々な面で便宜を図ってくれるからだ。
なんだか生臭い話になるが、冒険者組合だって商売なのだ。
多くの金を運んでくる冒険者に肩入れするのはある意味当然だった。
ランク制だって、腕の良さという基準に見えがちだが、本来はその先――腕が良ければ良いほど、稼ぐ金額が高いために優遇しているということに他ならないのだから。
あまりはっきり言わないのは、みんな言わずとも分かっているというのと、冒険者というのは誇り高いものだ、という価値観が存在し、それが金に群がるという感覚とは対立するものなので、大っぴらに言い切るのはまずい、という認識があるからだ。
腕が良くて金を稼げる冒険者の方が良い冒険者なのか、誇り高くて弱者の味方をする英雄的な冒険者の方が良い冒険者なのかは、どんな視点から評価するかによって異なるが、冒険者組合からすると前者、冒険者からすると後者が評価されるという所だろうか。
どちらも広い意味では冒険者組合の利益になるという意味で、いい冒険者だということになると思うが、どちらと言い切ってしまうと、これもまた問題になるので冒険者組合は明言したりはしない。
たまに酒場で冒険者同士の議論の題材になるくらいの話だ。
俺がどっちを目指しているかと言えば、どちらかと言えば後者だろうな。
まぁ、それで全く稼げないというのも問題だから、後者よりの中間というのが正確なところだろうが。
そう言う視点から見ても、今回の話は悪くない。
色々な危険はありそうだが、見た目に関してはすでに俺は存在進化済みで、よほど勘が鋭いか、特殊な技術を持った人間でない限りは正体を判別することは裸になっても出来ないはずだ。
もちろん、いきなり腰に手を当てて、血液の入った瓶の中身をぐびぐび飲み始めたら流石に子供だろうが「あ、吸血鬼だ!」と指さして言うだろうが、そこまで愚かなことは流石の俺もしない。
そこまで考えて、俺はダリオに言う。
「……会ってみることにする。俺も素材が高値で売れるならその方がいいし、金持ちの依頼人と知り合いになれるなら、悪いことは無いからな」
するとダリオは明るい顔になって答える。
「おっ! そうか? なら先方にそう、伝えておくぜ。いや、わりぃな。無理言って……せっかくいい素材持ってきてくれたのにごたごたしちまった」
その言い方からすると、ダリオとしては本来、それほど気は進まなかったのだろう。
まぁ、彼の職業は魔物の解体屋である。
その本質は、いい素材を正しく解体するところにある。
売却にあたって顧客をあまり煩わせるのは本意ではないのだろう。
多少の値段交渉ならともかく、今回の話は何かいつも通りの手順に割り込まれたような感覚が強いのかもしれない。
俺にとっては悪いことではなかったから、別にそこまで気にするようなことでもないんだけどな。
それに、俺はダリオの顧客な訳だが、オークショナーの方だってダリオにとっては顧客のはずだ。
どちらにも出来る限り便宜を図るのが公平なのだろうが、ダリオは職人気質というか、解体それ自体の方が好きな感じがする。
いい素材を持ってくる冒険者と、それを売却する商人とを比べると、どちらかと言えば冒険者の方に肩入れしてしまうのだと思われた。
「構わないさ。嫌なら嫌っていうからな……ただ、一応聞いておくがそのオークショナーは信用できるのか?」
これが変に居丈高だったり、ごり押しをしてくるようなタイプだったらやっぱりやめる、と言いたくなるからこその質問である。
これにダリオは、
「その辺りは問題ないはずだ。昔からの懇意にしているところだからな。ステノ商会ってところだが……知ってるか?」
それは都市マルトにおいては上から数えた方が早い大店の名前だった。
オークションだけではなく、通常の店舗もいくつか持って手広くやっているところだ。
俺も以前はステノ商会のやっている店にたまに行っていた。
こうなってからは通常店舗には中々顔を出しにくくなったので行っていないが、たしかにそこならそれほど不安要素はない。
信用できる店である。
「あぁ。採取のための容器なんかを買いに行ったことがあるからな……分かった。それで、いつ行けばいい?」
「とりあえずお前が会ってもいいって言ったことを向こうに伝えてからだな。日にちが決まり次第、また連絡する感じになる。たぶん、明日か明後日になると思うが……いいか?」
いきなり今日行って会う、というわけにはいかないのは理解できる。
俺は頷いて、
「じゃあ、頼む」
そう言った。
ダリオは頷き、
「おう……おっと、あぶねぇ、忘れるところだった」
ふっと思い出したようにそう言って、どこかから書類を取り出し、俺に見せる。
「これは……あぁ、預けた他の素材についてか」
内容を読んで、納得する。
ダリオにはタラスクだけではなく、他の素材のうち、解体にかける必要があるものを預けていたのだ。
それらの中で、オークションにかけるほどのものではないものについてはすでに売却が終わっているらしく、売却された価格がずらりと書かれている。
見る限り、かなりいい値段で売ってくれたようで、ありがたく思った。
「けっこう頑張ってくれたんじゃないか?」
俺がそう言うと、ダリオは、
「いや……今回余計なことに煩わせちまっているからな。その分ってわけじゃねぇが……それに、お前の持ってきた素材はどれも、傷が少なくていいものが多かった。普通に売却しても高値のものが大半だったんだ。素材の性質を良く知っているな」
と思わず褒められる。
もともと、全然稼げない銅級冒険者だったからな。
可能な限り高く素材を売却したいがため、魔物の素材の使用方法なども勉強して、傷つけてはならない場所や、素材を採取するうえでの理想的な倒し方などを個人的にいろいろ研究していた。
そのお陰だろう。
「そう言われると嬉しいな。また、品質のいい素材を持ち込めるように、頑張るよ」
俺はそう言うと、ダリオは、
「お前の素材ならいつでも歓迎だ……で、売却価格は納得してもらったってことでいいか?」
「ああ」
俺がそう言って頷くと、ダリオは机の上に貨幣を並べて、受け取るように言ったので、俺はそれを自分の財布……皮袋に入れ、解体場を後にしたのだった。