第103話 奇妙な依頼と種族
「これでお前の羽について、あらかた試したいことは試したな」
ロレーヌがすっきりした顔でそう言った。
羽に聖気を込めたまま飛べるかどうかも試したが、魔力と気がそれぞれ羽の別部分に流れているのと同様なのか、すべて一緒に流してもやはりいずれの力も剣に注いだ時のように混じり合い、爆発するというようなことはなかった。
今まで持っていなかった器官とは言え、これで一応、自分の体の一部なので間違っても爆発するようなことがないような設計になっているらしいことに深く安心した俺である。
その代わり、剣のときのような、力の融合による強力な効果の発現、というのは望めなさそうだが、飛べるだけで十分と言えば十分なのだ。
これ以上は高望みであろう。
「そうだな……あとは……俺が何になったのか、ってことだが……」
それについてまだ、話をしていなかった
ロレーヌはなんとなく見当がついているような感じだったので、分かるか、と目配せで聞いてみるも、彼女は首を傾げて、
「……正直なところ、よくわからんな」
そう言って首を振る。
「おい、なんだか大体分かっているような雰囲気だったろ。吸血鬼の解説書も読んでたみたいだし、思い当たる種類があったから調べてたんじゃないのか?」
まぁ、さっぱり分からないから頑張って何か似ているものがないか探していた、という可能性もあったが、本のページを捲るロレーヌにそういう焦りみたいなものは感じられなかったからな。
すでに見当はついていて、一応確認のために読んでいて、かつ俺が気絶から目覚めるまでの暇つぶしをしていた、と見たのだ。
その推測は間違っていたのか……そう思ったが、ロレーヌは、
「いや、確かにそうなのだがな……その羽を見て、よくわからなくなった。本来、吸血鬼はそのような羽を持った種族ではないからな。見かけ上は人間とほぼ、同じはずだ。せいぜい、血を吸うための鬼歯があるくらいだ……あぁ、そうだった。顔の方はどうなってる? 仮面をずらして見せてくれ」
思い出したようにそう言ったので、俺もあぁ、そうだったなと仮面をずらす。
とりあえず歯のことを言われたので、仮面を上半分だけ覆う形にした。
もっと全体的に見えるようにしたいところなのだが、長く維持するとなるとこの形にするしかない。
以前は歯と歯茎、そして枯れた筋肉繊維がむき出しで覗いていたその場所。
ロレーヌはそれを見て、感嘆の声を上げた。
「おぉ、しっかりと肌があるじゃないか。体と同じく憎らしくなるくらいのたまご肌だが……やはり、青白いのは否めないな。不健康そうだ」
そんなことを言っているが、ロレーヌ自身もぐうたらかつ不摂生な生活をしている割に滑らかな素肌をしている。
この間シェイラに文句を言われていた。
シェイラもシェイラでかなり肌は綺麗だと思うので正直にそう言ったら、手間とお金がかかっているから当然であると言われてしまった。
ロレーヌもこれでそれなりに美容には気を遣っている部分もあることは、自分で高品質の基礎化粧品を生産していることからも分かるが、生活や食事と言う面も鑑みると、やはり一般的な女性からすると腹立たしいと思われる対象なのかもしれなかった。
「そもそも健康な不死者とかよくわからない存在だけどな……」
「言われてみるとそうだな。いや、死んでも死なないのだからむしろ最も健康な存在なのではないか……ことばあそびか。で、鬼歯の方は……やはりあるな。吸血鬼であるのは間違いなさそうだが……」
そう言いながら、ロレーヌは俺のほっぺたをぎゅむ、と両手で把持し、押したりひっぱったりしつつ、口の中を観察する。
「意外と目立たないな? いや、吸血鬼の歯並びの観察なんて滅多にできないから実に面白いな……しかし、これくらいでは本当に見ただけでは吸血鬼だとは分からんぞ。少し八重歯が出ているくらいにしか見えん……どれ……」
そう言って、ロレーヌは一旦俺から手を離し、部屋に置いてあった血入りの瓶を持ってきて、
「もう一度口を開いてみろ」
そう言ったので、俺は口を大きく開く。
それからロレーヌは瓶をあけて、血を棒につけて差し出してきた。
すると、
「……ふむ、血を吸おうと思うと、伸びるようだ。これなら分かりやすい……が、街の人間を並べて血を鼻先に持って行って口をあけろ、なんて検査はできないだろうから、無意味か」
どうやら、ロレーヌは俺を使って、街中に潜む吸血鬼を判別する方法がないかと考えたらしい。
しかし、確かにこの方法は厳しいだろう。
街の住人全員をやるわけにはいかないだろうし、そうなると群れをつくる習性のある吸血鬼のすべてを見つけるのは難しいだろうからな。
素直に今まで通り、魔物の判別に長けた聖人や聖女を呼んで時間をかけて駆除するしかないだろう。
補助的な手法としては有効そうだけどな。
「では、次は顔の上半分を見せてくれ……確か、吸血鬼の瞳は赤かったはずだからな」
ロレーヌがそう言ったので、今度は仮面を下半分を覆う形にずらす。
「うむ……なんだか懐かしい顔だな。ほぼ空洞だったり、筋肉繊維ばかりだったりと、だいぶ人間離れしていたからな……」
そう言って、ロレーヌは俺の顔に手を伸ばした。
先ほどのような実験対象を把持するような手つきではなく、優しい触れ方である。
「今更だが、この顔には言いたくなることがあるな」
ふと、ロレーヌがそんなことを言ったので、俺は首を傾げて尋ねる。
「なんだ?」
「……決まってるだろう」
――おかえり、レント・ファイナ。
なんだか、それを聞いて、何かが戻ってきたような気がしたな。
人間である確信と言うか。
気のせいかな。
◇◆◇◆◇
「で、お前の吸血鬼としての種類の話だが」
深い感慨を込めて言ってくれたわりに、あっさりと話を切り替える辺りロレーヌらしいが、重要なことだ。
「結局何だと思う?」
「まぁ……引っ張っておいてなんだが、下級吸血鬼の一種、というところじゃないか? 屍鬼の一つ上位の吸血鬼系統の魔物と来たら、結局それしかないしな。瞳も赤いし、鬼歯もあるし、血には反応するし、という時点で吸血鬼であるということは間違いないと考えられる以上、そうとしか言えん」
ロレーヌにしてはあいまいな話であった。
そんな気持ちが顔に出ていたのか、ロレーヌは眉を顰めて続ける。
「仕方ないだろう。羽のある吸血鬼など聞いたことがないのだからな。お前は木端学者に期待しすぎだ。それに……お前は間違いなく魔物としては特異個体に分類されるだろうからな。一般的な種族分類などそもそも当てはまらんから考えるだけ無駄だ、という結論の方が正しいくらいだろう。あくまであえて当てはめるのなら、その辺だろうな、という話だ」
「それを言ったらおしまいだろ」
「その通りだ。だから言わないようにしていたんだが?」
軽い皮肉であり、分かっているのなら言うな、と言いたげである。
……うん、俺が悪かったな。
「ごめんなさい」
「わかればよろしい……ま、それでも順調に進化していることは間違いないんじゃないか? 一つ一つ、存在の格が上がっていっていることは疑いようがないしな。ただ、最終的に何になるのかは……想像がつかん。下級吸血鬼程度の位階ですでによくわからん羽がくっついているのだ。そのうち角がついて、腕が十二本になり、目が五十個くらい現れてもわたしは驚かんぞ」
「……それは勘弁願いたいな」
あまりにも恐ろしげな風貌の化け物になった自分を頭に思い浮かべて、そんなセリフが出る。
しかし、確かにそうならないとは言えないのだ。
出来ることなら、このまま見た目は変わらないでほしいものだな……。
そう思った今日であった。