トリオ 32
1代目に対して、ちょっとしたイタズラを仕掛けていた。
事の始まりは4月の22日なので、結構長い時間をかけてイタズラの準備を進めてきた訳なのだが、その内容は少々ブラック。
ここまで準備はしてきたが、本当にやるかどうかギリギリまで悩み、居候先のソファーの上に座り込んでからもまだ考えていた。
4月の22日に俺は1代目に5千円借りた。
それから1週間後、出来るだけ素っ気無く、出来るだけ慌てた風に装いながら5千円を帰り際にササッと手早く返した。その5千円札は22日に借りたそのお札なので、実は1円も使っていない。
何故借りたのか。それはイタズラの切欠だから。
そしてゴールデンウィークを挟んだ5月13日。最後の仕上げに入る……つもりでいたのだが……。
どうするかな。
そうやって1代目を見れば目が合って、
「どうしたんです?」
と聞かれる。
何をどう言おう?と思考を巡らせると「芸能人で誰に似てる?」との質問文が浮かんできた。
そうだそうだ、これをやろうと思ってたんだった。
こうして俺と1代目はジッと毛むくじゃらの顔を色んな角度から眺め、芸能人の顔を思い浮かべながら誰に似ているのかを考える。
タレ目で、吊り眉で……。
「目付きの悪いあべひ○し?」
けど、そこまで彫りは深くないか……。
再び悩む俺の隣では1代目がかなり、物凄く気を使ったのだろう、
「Hy○e」
とか言い出した。あんな美形では談じてない!たれ目である事と、人類という共通点があるだけだ。
「職場で、やまだたか○きって言われるで?」
誰?
あまりテレビを見ないので知っている芸能人はかなり少ない。だからその場で調べ、色んな画像を見ながら毛むくじゃらと見比べて見ると、似ている画像がいくつかあるかな?程度だった。
でも、職場の人に言われるのだから似ているのだろう。
と、今度は毛むくじゃらと2人で1代目の顔をジィっと見つめる。
誰に似ているだろう?
「パンサーの、む○い?」
なんとなく頭に浮かんだ名前を言って、そこから画像検索してみると、1代目の方が目が大きくて、口はまったく別人だった。
「あー……でも、笑うと似てへんな。真剣な顔!」
真剣な顔の方が遠いような?と言うより、真剣な顔をしている画像がないので判断が難しい。
「えぇ!?はい!」
「笑ってるやん」
「アハハハハ」
こうして笑い合って会話が一段落着けば、再び頭の中はイタズラをするのか、しないのか?と言う自問自答が繰り返される。
随分と長い間悩んでも“折角の機会だし”と言う思いと“悪趣味過ぎる”と言う思いの間で考えがまとまらない。
どうしよう?
迷路に迷い込んだ思考を少しでも誤魔化そうと投稿済み小説を読み返していると、エゲツナイ誤字を見付けてしまった。
慌てて修正を入れて思ったのは、後から笑えるのがイタズラで、笑えないのは悪ふざけやイジメではないか?と。
なので、俺はイタズラを実行しないままノンビリとした日曜日を過ごし、イタズラのネタバラシで使う筈だった、裏に“誕生日おめでとう”と書いたレシートと、5千円を至って普通に1代目へプレゼントした訳なのだが……。
「母の日ですし!」
とか言う可笑しな理由で“プレゼント交換”になるとは思わなかった。
ちなみに、やろうと思っていたイタズラの内容を簡単に説明すると、5千円を1代目に無理矢理にでも手渡す所から始まる。どうしても受け取らなかった場合はここでネタバラシで、受け取ったらレシートに“5千円”と書いてテーブルの上に置く。
30分か1時間後に“5千円レシート”を手にとって眺めてから「5千円返したっけ?」と質問する。ここで5千円の返却があればネタバラシで、何もなければまた30分か1時間後に「5千円返したっけ?」万が一「返してもらってない」と返事をされたら、5千円は渡さずにネタバラシ。「返してもらった」と答えた場合は、また30分か1時間後レシートを持って近付きそこで“誕生日おめでとうレシート”を見せながらネタバラシ。
少々物忘れが酷い今にしか成立しない事も含め、全体的に性格の悪い仕上がりのイタズラ。これをギリギリまでやろうかどうかを悩んでいた自分に嫌気がさす。
ニコニコと「母の日だから」と言う1代目の顔を見ながら、心底やらなくて良かった。と思った日曜日の夕方でしたとさ。