トリオ 26
毛むくじゃらに会った時、最初に何て声をかけよう?
と、悩んでいた事すら馬鹿馬鹿しくなる程、至って普通に俺を迎え入れる毛むくじゃら。
「お邪魔しまーす」
こうして久しぶりに毛むくじゃらと1代目の家の中へ入り、そのままリビングに向かってソファーに座る。
良いのだろうか?と疑問に思う程いつも通り。だけど、このまま終わらせる事は出来ない。
いつまでも小さな事で馬鹿馬鹿しいとは自分でも思っているけど、有耶無耶にしては駄目な所だ!
「晩飯なんか食った?」
話しかけるタイミングを見計らっていると、思いがけず毛むくじゃらの方から話しかけてきた。
「おにぎり食べてきた。そんで、食後にお菓子持って来た」
そう言いながら鞄からチョコチップクッキーを取り出し、コーヒー豆とドリッパーと計量カップも出してテーブルの上に置く。すると、1月3日に手渡しで返却した合鍵が目に飛び込んできた。
毛むくじゃらは受け取った合鍵をテーブルの上に放り投げたのだが、そのままの状態でテーブルの上にあるのだ。
「お、コーヒーや」
コーヒーや。じゃない!
「鍵、なんで置きっ放しなん」
指差しながら尋ねてみると1代目は俯き、毛むくじゃらは無表情で鍵を確認してから俺の顔を見て、それから何でもなさそうに言った。
「また使うやろ?」
あーあ。色々考えてた時間が心底勿体無いわ。じゃあ、もうこれで最後。
「なぁ、今回のこれは喧嘩?」
俺はそう言いながらコーヒーをいれるための準備を始める。
コーヒーペーパーをセットして、豆を30g入れて、計量カップにお湯を400cc注ぎ、1投目。
中央にゆっくりとお湯を落とし、その後豆全体にお湯を回しかけて30秒待つ。そうすると部屋の中にコーヒーの良い香りが広がった。
「まぁ、喧嘩ちゃう?」
待っている30秒の間に返事があって、チラリとカレンダーを見たのだが喧嘩の始まりは11月。年をまたいでいるのでカレンダーは当然1月のページだ。
知りたい日付を確認出来なかった俺は、2投目のお湯を細く円を描きながら注ぐ。
しかし、11月から始まった喧嘩が1月までか……。
「前より大分短いな」
俺と毛むくじゃらは、好き嫌いは別にしても仲は良い方なのだと思う。だから、少々の事では喧嘩にまで発展せずに言い合いや小競り合いで終わる。だけど、一旦喧嘩になると本格的に長い。
そして今回のコレが俺達史上2回目の喧嘩。
「え!?これ、短いんですか!?」
俺の手元ばかりを眺めていた1代目が、身を乗り出して視界に入ってきた。
「せやで。前は2年やったっけ?続いたよな」
2年半位だったと思う。その間一切連絡も取らなかったのだから、仲直り出来たのはほぼ奇跡。
「原因はなんだったんです?」
興味深そうに身を乗り出したままの1代目に、毛むくじゃらはサラリと、
「今回と大差ないわ。なっ」
と、同意を求めてきた。
1回目の喧嘩は中学校の頃だぞ?それを、大人になった今でも同じような理由で喧嘩とか、どれだけ成長がないんだ?
まぁ、似たような理由なんですけれども……。
「成長ないわー」
何処まで理解したのかは分からないが、1代目は俺達の返答で満足したのか椅子に座りなおすと、またコーヒーをいれている手元を眺め始め、今更?と言いたくなるような質問をしてきた。
「それ、計量カップ……ですよね?」
と。
「コーヒーポット高いし、これでもいけるし……」
毎日計量カップで練習をしているものだから、バイト先にあるコーヒーポットの方が使い難い。単純に自分に合っていないだけなのだろうが……それとも、計量カップが俺に合い過ぎているのか。
「なんか、木場さんがそういうの持ってると、ビーカーに見えますね」
ビーカーってなんだよ。実験?実験ですか!?
「分かる!それ分かるわー。コレも絶対コーヒーちゃうで」
コーヒーですけど!
「黒い汁ですね」
喧嘩をしていた筈の俺達は、この1代目の言葉に、
「汁て!」
「汁て!」
と、仲良くハモったのでしたとさ。