俺 15
少ししてから1階に下りてきた姉、甥、姪、弟の4人は、買ってきたらしいお弁当を広げて食べ始め、テーブルの上にチューハイをどっさりと置いた。
「えっと、ジン系はこれと、これな」
俺の前に置かれる2本の缶チューハイ。
プシュッとビールを開ける姉と、レモンのアルコール度数高めなチューハイを開ける弟。そして手に持ったまま俺に注目する2人。
急いでジンライムをあけて手に持ち……。
沈黙。
誰も乾杯の音頭を取らないのだ。
確かに、まだ年は明けていないし、そもそも新年の挨拶は避けた方が良いから、どう言えば良いのかが分からなかったのかも知れない。
普通に「乾杯」で良いと思ったが、それじゃあ味気がないので、
「年末に!」
と、ジンライムを掲げてみた。
「年末に~」
「イェ~」
もう、完全に何泊するのかを聞ける雰囲気ではない。ここでの正解は、お酒を飲む事!なので漬けていた梅酒を出し、日本酒も出す。
スナック菓子やイカの塩辛を次々とテーブルに並べる2人に、俺は少しばかり遅い事を言う。
「年越し蕎麦、11時に作るから」
弟はポンと1回腹を叩いてから、
「余裕」
と、笑った。
そんな弟が2階に行ったのは、7時頃だったか。そうするとゲームをしに行くと思ったのか甥と姪も2階に駆け上がっていき、突然姉と2人きりにされた。
よし、何泊するのかを聞くには、ここしかない!
「親父にはピーナッツ、ケンには甘菓子持って来たら外れないやん?お前はなに?」
意気込んでいる時間が災いし、先に姉からの質問を受けてしまった。しかも外れがないってなにが?まさか、手土産の話!?
「えっと……魚介類無理やから、それ以外なら……」
「そんな生モン持って来ぇーへんわ」
「海老せんは、2枚までなら大丈夫」
そう言うと、姉は急に持参していた煎餅の袋を熱心に眺め始め、
「エビ入ってるわ……やから食わんかったんやな」
と、グイッとビールを飲んだ。
「おつまみ無くても飲めるし、気にせんでえぇよ」
「アホか!なんか食わなアカン!そうや、チーズあるわチーズ。食えるか?」
チーズ?チーズは問題なく食べられるけど、チーズ?
姉は冷蔵庫の中から裂いて食べるタイプのチーズを取り出すと、俺の前に置くのではなく、差し出してきた。
もう封の開いている煎餅ではなく、未開封のチーズを食べても?
「この煎餅、いっぱい種類入ってるけど、なんか全部エビっぽい味するから食うなよ」
姉はアレルギーに対して理解があったのだ。
「チーズ、いただきます」
ニッコリと笑顔の姉は、携帯を取り出すとビジュアル系の曲を結構な音量で流し始め、時々声を上げて歌った。だけど、少しも五月蝿いとは感じない。
アレルギーを理解してもらえた。それだけで満ち足りてしまったのだろうと思う。だから、何泊するつもりなのかも気にならなくなった。
11時ちょっと過ぎに年越し蕎麦を食べ、再び飲み会が始まる。
最初に眠りについたのは弟。そこからまた姉と2人きりになり、色んな話しをした。話し合いではなくて、姉が疑問に感じていた事を延々と質問されただけだが……その時間はあまり長くは続かなかった。
姉は焼酎や日本酒を飲むと一気にアルコールが回ってしまい、頭が痛くなる体質なのだが、この時の姉は、俺が漬けた梅酒を2杯も飲んでいたのだ。
1月1日の夕方6時頃、かけ布団を3枚と大きな鞄を3つ弟の車に積んで帰宅準備を始めた姉。
5時半頃に1回コンビニに行こうと言う話が出ていたのだが、何故だかコンビニに行かないまま30分間の世間話。
その間、姪はお菓子を食べながらそっぽを向いていた。
俺は今まで甥と姪の2人と碌な会話もしていなかったのだが、甥とは時々目が合ったりしていたし、挨拶程度の事は出来ていた。
しかし、姪は今回「お邪魔します」「いただきます」「ごちそうさま」を全く発音しなかった。そう言われてみれば、盆に来た時も挨拶はなかったっけ。
それに気が付いた瞬間、なんだかモヤッとしてしまった。
俺は心が狭いのだろうか?
いや、それと挨拶は別物だ。
挨拶をしないだけでモヤッとするのは、やっぱり器が小さい?
だけど礼儀は必要じゃないか?
こうして6時頃、姉は帰宅準備を始めた。
その隣では、やっと顔を上げた姪が鞄を背負い、ダイニングを見回している。
このままでは「お邪魔します」も発音してくれないのだろう。
何か、言わなければ!
「……忘れ物はない?」
俺から話しかけられるのが余程意外だったのか、姪の背筋がピンと伸びて俺を見上げる。
「あ、はい……多分、ないです……」
何回も何回も小さく頭を下げながら姪は言う。
「……気ぃ付けて帰りぃな」
そう言って手を振ると、またペコペコと頭を下げながら手を振り返し、返事もしてくれた。
「はい!」
非常にハッキリとした発音で。
これは、もしかして……。
俺は、姪に怖がられているのだろうか?