1代目 12
夕飯を作っていると、携帯画面を眺めながらゆっくりと1代目が近付いてきた。
何かのゲームをしているのだろうと気にせずにいると、
「木場さん……」
小声で話しかけられた。
どうしたのだろう?と視線を向けてみると、1枚のレシートを見せられた。
レシートの裏には毛むくじゃらの直筆と思われる文字列がズラリと3行書かれていた。
1番上には数字とアルファベットが混ざった複雑な長文で、真ん中はIDと書かれている長文。そして1番下にはパスと書かれた、KYから始まる文字。
「パスって、パスワードですよね?」
と、1代目は俺の目の前でKYから始まる文字をゆっくりと打ち込んだ。
しかし、画面に映し出されたのは失敗の文字。
「何のパスワードです?」
聞いてみると、1代目の携帯は3日ほど前から調子が悪く、Wi-Fiに繋がらないらしい。
毛むくじゃらと1代目の部屋はネット環境が整っているし、無線でもちゃんとネットに繋がる。でも、ルーターの故障と言う事もあるので、俺は鞄の中からタブレットを取り出して電源を入れてみた。
普通に繋がるし、そもそもパスワード入力画面が出て来ない。
レシートの裏に書かれているこの文字列に間違いがあるのではないか?と眺めてみるが、正解を知らないので何とも言えない。
「パソコンにバックアップしてるんで、それ入れてみます……」
何のバックアップ?入れるって何を?
色々聞きたかったのだが、トボトボと歩いて自室に向かう1代目の後姿を見ていると、見送る事しか出来なかった。
夕食の準備が終わり1代目を呼びに行くと、何故か部屋の中に招かれた。部屋に入って見えたのは、パソコンに繋がった携帯。
「勝手にバックアップ始まったので、無理な気がします……」
ガックリと肩を落としているが、携帯の事を良く知らないので、何がどうなって無理なのかが分からない。
「初期化……ですか?」
「復元です」
やっぱり良く分からないので、1代目と2人でモニターに映し出されている、残り秒数を静かに見つめた。
こうして復元操作が終了し、携帯からパスワードを入れたのだが、その画面はさっき見たのと同じで失敗の文字が書かれてあった。
打ち間違った可能性もあるのでもう1度慎重に入力してみるが、結果は同じ。もしかしたらIDの方かも?と訳の分からないテンションにまで陥ってしまったが、当然出来る筈もない。
「これ、1番上って事はないですよね?」
独り言のように呟いた1代目は、1番上に書かれていた長文を打ち込み始めた。だけど、求められているのはパスワードであって、意味も分からない長文じゃない。
「毛むくじゃらが帰って来るまで待とっか」
ヒョイと覗き込んだ携帯画面には失敗の文字はなく……成功していた。
「こ、これっ!パスワードって……違うじゃないですか!」
必死に笑いを堪えている1代目がレシートの1番下を指差す。
1番下には丸印で囲われた“パス”の文字の後に、KYで始まる長文。改めて見ると、その“自分がパスワードですよ”と言わんばかりの主張っぷりに笑えてくる。
「違うのにっ……ホンマにKY……アハハハハ」
「アハハハハ……KYっ……アハハハハ」
結局、KYがなんのパスワードなのかは分からなかった。