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毛むくじゃら 17

 文学フリマのイベントホール内。

 俺はまだ場の雰囲気に圧倒されたまま、良く見えないパンフレットを広げて眺めていた。そうでもしていないと毛むくじゃらから「帰ろう」と言われそうだったからなのだが、何をどうやっても焦点が合わないので、パンフレットの文字は読めない。

 「とりあえず、小説家になろうのんは買うんやろ?」

 話しかけられないようにと懸命に視線を外していたのに、無駄だったようだ。だけど、そう言われてみればそれを目当てに来たんだった。

 最終選考を残った作品が載っている本。誰の小説が載っているのだろう?と言うワクワク感を味わう為に俺は当選作品情報を見ていない。

 「何処で売ってた?」

 「こっち」

 毛むくじゃらに手を引かれて入り口まで戻ると、そこには確かに小説家になろうの文字が!しかも店員さんが若干遠い!

 恐る恐る本に手を伸ばし、ワクワクしながらページをめくって確認して。

 知らない名前ばかりだった本を一旦置いて1歩後ろに下がると、不思議そうに毛むくじゃらが隣に並んで立った。そうやって少し経った時、小説家になろうの前に1人女性がやってきて、本を手にすると中も見ずに購入した。

 立ち止まって本を手に取ったのに、買わずに立ち去る事の気まずさから開放されるには、今このタイミングしかない!

 足早にイベントホールを出ると、外にはズラリと人が立っていて、携帯で何かを見ながらパンを食べたり、ジュースを飲んだりしていた。

 そんな中で俺は再びパンフレットを広げて眺める。

 「小説家になろうのん、買うんちゃうの?」

 なんとなく、最終選考情報を見ないまま来たって事を言うと怒られそうな気がしたので、

 「ん……いや。どんな感じか見たかっただけやから」

 軽く話をそらしてみた。

 とは言っても、これは本当の事だ。例え事前に情報を確認していたとしても、俺は今日ここに来ただろう。

 「どんな雰囲気か分かった?」

 ホール内の活気に満ちた雰囲気に慣れるには、まだ時間がかかりそうだって事だけは熟知できている。

 「記念に何か買いたい」

 もう1回ホールの中に入って、もっとゆっくり歩こう。差し出されたパンフレットを受け取ろう。

 「入り口でもらったパンフレットだけでも記念やろ?」

 それは、確かにそうだけど……。

 「折角来たのに?次いつか分からんのに?」

 この為に2時間電車に揺られたのに、パンフレットだけ?

 「言うとくけど、もう二度と来んからな?」

 二度と!?なんで!?

 「また小説家になろうのがあって、自分のが載ったら、絶対来る!1人でも来る!」

 まずは最終選考に残れるような作品を書かなければならないが、毛むくじゃらはそこを突っ込んでくる前に、

 「そん時は俺1人で来るから」

 と、二度と来ないと言う自分の言葉を覆した。

 待てよ……あぁ、そうか。俺が酔いまくるから一緒に来るのが嫌なのか。大いに納得。だけど、本当に自分の小説が本になったら、絶対に来る。

 どんな人が買って行くのかも気になるし、もしかしたら知っている人かも?とかワクワクしたい。

 自分で出店すれば良いのだろうか?でもどうやって?

 「自分で本作るのって大変やんな?」

 実際いくらかかるのかは知らないが、安くでは出来ないと思う。

 「ん……多分な」

 「それをやで?ここにおる人は全員やってるんやで?ちゃんと本にしてるんやで?凄いなーって尊敬する。お金あったら好きなジャンルのん全部買いたい」

 俺にもっと勇気があればサインと、握手を求めているかも知れない。実際は立ち止まれもしないのだが……。

 はっ!

 俺はどうして文学にあまり興味のない毛むくじゃらを相手に熱く語っているのだろう?興味のない分野を熱く語られた時ほど「知らんがな!」と思われる場面はない。

 「ちょっと歩こか」

 傘をささなくても良い位の小雨になった所で、静かに毛むくじゃらが言った。それは「もう帰ろう」を意味した言葉だ。

 ここでもう1度ホールの中に入っても、俺はまた歩き回るだけで本を手に取る事も出来ないだろうし、店員と目が合っただけで逃げてしまうだろう。

 こんな根性のない俺に、毛むくじゃらは長い時間付き合ってくれた。いや、朝の9時半からズット付き合ってくれている。

 「うん……」

 同意しか出来ない。

 産業復興センターの敷地を出て、少し歩くと家電量販店の前に出た。来る時にこんな建物を見ただろうか?

 いや、もし見ていたら記憶に残っているだろう。と言う事は……道に迷った?

 「駅って、どっちやっけ?」

 毛むくじゃらまでもが方向を見失っているだと!?

 えっと、来る時にこの建物を見ていないのだから、単純に考えて反対方向に来たって事?それとも復興支援センターの別の出入り口から出て来てしまったとか?

 「1回戻ろ」

 こうして信号を渡って、グルッと歩いてなかもず駅前公園に出た。

 「駅前公園って事は、ここは駅前か」

 「駅っぽいの見える?」

 非常にアフォな会話内容ではあるが、本人達は至って真剣に駅を探している。そして方向を見失ったまま目の前の信号が青に変わったと言う理由だけで歩き出す。

 闇雲に歩いていると徐々に日頃の運動不足が祟り、両足が痛み始め、ゆっくりとしか歩けなくなってしまった。

 信号待ちで少し立ち止まっただけで、次に歩き出す1歩が痛い。ちょっとした段差で股関節が痛い。

 そんな俺の隣には、

 「あれ?あそこ、なかもず駅って書いてるで」

 と、前方を指差しながら物凄い笑顔の毛むくじゃら。

 駅を見付けた事が相当嬉しかったらしいのだが、俺達が乗りたいのは地下鉄。指し示されている先には電車が走って来るのが見えた。

 「電車見えるし、地下鉄ちゃうやん」

 なかもずに着いた時、長い階段を上がって来た事を忘れたか?いや、でも、あの地上を走る電車で地元に帰る事が出来るなら問題はない。

 「南海高野線?まぁ駅やし、行ってみよ」

 うん……聞いた事ない!聞いた事がないって事は、確実に地元には帰れない電車だ。乗り換えを繰り返していけば良いのだろうが、地下鉄を利用するよりも高額にはなるのだろう。それに、今日は1日乗車券を購入したのだから、地下鉄に乗らなきゃもったいない!

 でも、もしかしたら近くに地下鉄の駅もあるかも知れないし、探してみよう。

 ズンズンと歩いて行く毛むくじゃらの、どんどんと小さくなって行く背中を目で追いながら地下鉄の駅も探していると、立ち止まった毛むくじゃらが大きく手を振ってきた。

 見付けたのだろうか?

 近付いて行くにつれてハッキリと見えてくる文字。

 「ホラ、地下って書いてるで」

 得意げに地下の入り口を指差す毛むくじゃら。だけど、その入り口にはハッキリと書いてあるじゃないか。

 「ここ地下駐輪場」

 地下って言葉だけでなにをそんな嬉しそうにしてんだ!?

 「でも、地下って書いてるで」

 だからここは、

 「駐輪場!」

 もし、中で駅と繋がっていたとしたら、地下鉄と書かれている筈だし、何番口とか書かれている筈だ。

 「ここと思うけどなぁ」

 「なんでやねん」

 思いっきり突っ込みを入れてから周囲を見渡してみると、レンタルショップとか、居酒屋があって、その奥にはかなり立派な地下鉄の入り口があった。

 ここまでどうやって来たのかも分からないので産業復興センターには戻れないし、戻った所で立ち止まれないし、戻るだけの余裕が足にない。

 朝の9時半からほぼ立ちっぱなしで、なかもずに着いてからは歩きっぱなしではあるが、特別何か運動をした訳でもないと言うのに、ズンと重くて痛む足は、既に筋肉痛になっている。そして1歩1歩確実に痛む股関節。

 「……帰りの体力残しとけって言うたやん」

 面目ない……。

 幸いエスカレーターがあったので難なく電車に乗る事は出来たが、問題はここから2時間もかかるだろう帰り道だ。

 電車が走り出す前に路線図のある所に向かい、乗り換えを駆使してどうにか近道できないかと模索する。

 「こっち乗り換えて、こう行って、こっちで乗り換えて、こう行ったら早いんちゃう?」

 合計4回の乗り換えだ。

 「行ってみる?」

 毛むくじゃらは俺が提案した通りもう1度指でなぞるから、俺はコクコクと何度か頷きながら、

 「知らん所行った方がテンション上がって酔いにくいかも!」

 と、岐路を思って沈んできた気分を無理矢理上げる為に、自分にもそう言って聞かせた。

 何線に乗った所で地下鉄なのだから、窓の外は真っ黒で変わりはない。なんて我に返ったら負けなのだ。

 よし、大丈夫。そうだ、乗り換える為に駅構内を歩く時間が増えるのだから、単純に休憩が増えるんだ。だったら本当に大丈夫かも知れない。

 しかし御堂筋線は1駅1駅が本当に長く、2駅進んだ頃には頭がフラフラしていた。

 「大丈夫か?また長居で長居するか?」

 「もー、それ言いたいだけやろ」

 しかし、しっかりと長居で長居する事になった。

 乗り換えを間違えて逆方面に行ってしまう事1回。足が痛いからと座席に座って完全に乗り物酔いする事1回。長時間休憩する事数回……。

 「顔色悪いな……」

 人のいないホームの端、俺はベンチに座っているだけで精一杯で、心配そうに見つめてくる毛むくじゃらに元気な素振りを見せる事が出来ないでいた。

 「堺市は、無茶やった……」

 ベンチの背もたれは腰あたりまでしかないので、完全に力を抜いて座る事が出来ないし、文学フリマのパンフレットを入れている鞄を背負っているので凭れたくはない。なので自分の膝に肘を突き、頭を抱えるようにして座るのだが、完全に俯いてしまうと余計に気持ちが悪くなる。それなのに1度下げた頭を上げる事が出来ない。

 地元まではもう少しだと言うのに、そのたった数駅がとんでもなく遠くに感じて、行きと同様に視界が歪んでしまったのだ。

 「今のその顔撮ったろか?どっか行きたいって言う度に見せたるわ」

 そんな事を言う癖にカメラ的なものを構えない毛むくじゃらは、結局俺が立ち上がるまで無言のまま隣にいてくれた。

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