俺 10
今から遡る事3ヶ月ほど前、俺は文学フリマに向けての小説を書いていた。
かなり鬱な展開だった為、途中から入賞はないだろうな。と感じつつも、最後まで書ききった。
文学フリマとは、どんな所なのだろう?
どんな雰囲気なのだろう。
どんな感じなのか、見に行きたいな。
「……って事で、行きたいねん」
1次審査の結果すら出ていないうちに、俺はそう口にしていた。
「遠いで?」「電車やで?」「人多いんちゃうの?」
そんな反対意見なんてものは聞こえない。
「じゃあ、1人で行く」
こうして6月のうちには文学フリマに行く事を決めていたのだが、9月17日の夕方5時頃、姉がやって来る事になった。
ただ遊びに来ると言う訳ではなく、兄弟3人集まっての会議なので断る訳にも行かず、出席しない訳にもいかず。
こうして向かえた17日。
ダイニングで既にビールを飲んでいた親父に、何気なく声をかけた。
「今日はビール、こっちのコップで飲んで」
と。
親父は500ミリの缶ビールを、少し小さめのコップに注いで飲んでいるのだが、その小さめのコップは、姪と甥がお金を出し合って買った弟への誕生日プレゼントだった。
おっちゃんが、オジサンのコップでビール飲んでる……。と、少々ショックを受けてしまった姪と甥は、親父の誕生日に中ジョッキ程もある大きなコップをプレゼントした。
しかし親父は、こんなデカイコップで飲んだら、アッと言う間にビールがなくなるわ。とかなんとか言って、小さなコップを使い続けた。
こうして1度も使われないまま食器棚の奥へ奥へと追いやられてしまった大きなコップ。ソレを取り出し、バーコードのシールを剥がし、綺麗に洗ったコップを親父の前に置いた。
「こんなデカイコップで飲んだら、アッと言う間にビールがなくなるわ」
親父の主張は変わっていないので、本当に小さなコップでチビチビ飲むのが好きなのだろう。
けど、折角のプレゼントを使わず、小さなコップでビールを飲んでいる姿を姪と甥が見たらどう思うだろう?
ショックを受けるに違いない。
「これ、親父へのプレゼントやったやろ?やから、今日だけでもコレ使って」
「分かった分かった」
話が通じた事にホッとしつつ自室に戻り、そのまま姉が来るまで待機する事にした。
5時ごろに来るようだが、予想外の時間に来る可能性も考えて昼寝もせずに。
結局、姉は宣言通りとはいかないが、大きく外れてはいない5時半と言う至って普通の時間にやって来た。
「お邪魔します」
そんな声がダイニングから聞こえてスグ、ドアをノックする音がする。ダイニングに出てみると、姉と甥、親父がいて、テーブルに着く所だった。
どう挨拶すれば良いのだろう?いらっしゃい?
「……久しぶり」
姉の隣に座ってから声をかけると、姉はジッと俺の顔を眺め、次に腕を眺め、再び顔に視線を戻してから、物凄く心配そうに声を発した。
「お前、生きてるか?」
どゆ事!?生きてますけど!?
返答に困っていると、プシュっと缶ビールを開けた親父は、コップにビールを注いで姉の前に出すと、姪と甥からのプレゼントである大きなコップにビールを注いで、乾杯。と2人して飲み始めた。
自分がプレゼントした物を覚えていたのだろう。甥は少し恥ずかしそうに俯きながらもチラチラと親父の方を見ている。その隣にいた姪も、どこか嬉しそうな表情だ。
姉も機嫌が良さそうだし、今日の出だしは好調。弟が帰って来てから決める事を決めて、その後明日は出かけても良いかそれとなく話し出してみよう。
姉が滞在している時に家を空けるのは無用心ではあるが、2ヶ月も前から行こうと決めていたんだ!
「今日はこのコップで飲めってSINに言われてなぁ。ビールスグになくなるから、これ1杯だけでえぇか?」
闘志を燃やしていた俺に、親父は大きなコップを傾けて見せる。
プレゼントした物をぞんざいに扱われる事の悲しさは、良く知っている。だから姪と甥からのプレゼントを、ちゃんと使ってるよ。と示してもらいたかったと言うのに、普段使っていない事がバレバレだし、俺に言われたから仕方なく使ってるって雰囲気を隠しもしないとは……正直が過ぎる!
それから少しして弟が帰ってきたので、気を取り直して話し合いを始め……。
「かんぱーい!」
あれ?
結局弟も飲み会に参加してしまい、話し合いが始まったのは夜中の2時を過ぎた頃で、終わったのは2時半ごろ。
さあ、言うぞ……明日は外出すると言うんだ!
「明日……10時頃から夕方まで、出かけるから」
言えた!
「へぇ。気ぃ付けて行きや」
物凄くあっさりと許可が出たので、俺は自室に戻って準備を始めた。すると、その間に寝よう。と、意見の一致を見せた姉と弟は2階へ。
どうやら姉も2階で寝るようなので、俺は自室に1人きり。これなら少しは緊張もほぐれ、明日の為に少しは眠れ……ませんでした。