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トリオ 15.5

 水曜日の夜8時過ぎ、通知音が鳴った。

 誰からだろう?と考えるまでもなく、相手は2人にまで絞り込める。何故なら毛むくじゃらか1代目としかやりとりをしていないからだ。

 送られてきたのは、毛むくじゃらからのこんな文章。

 「賞味期限切れたモノって、何日くらいは食える?」

 どうやら食べようかと迷っている賞味期限切れの食材があるらしい。しかし、消費期限ならともかく、賞味期限ならばそんなスグに捨てなくても食べられると思う。冬なら1週間はいけるんじゃなかろうか?とは言っても見てみない事には分からないし、今は夏場。

 「変な臭いせんかったら大丈夫と思う」

 何度かやりとりをして、最終的に俺はそう返信した。

 なんて事もない内容の筈だったのに、胸騒ぎと言うのか、落ち着かないと言うのか、座り心地が悪いと言うか。何をやっても集中出来ない。

 何故だろう?

 時計を見ればやりとりを終えてから2時間が経っていた。

 一体、何を食べようとしていたのだろう?

 そして思い出した。

 土曜日にシチューを作り、その余りでグラタンを作り置いた事を。

 いやいや、冷蔵庫の中に入れているとは言っても4日前のグラタンなど流石に食べないだろう。きっと大丈夫……。

 何度も自分に言い聞かせてみるが、嫌な予感が消えない。

 物凄く落ち着かない。

 毛むくじゃらと1代目にメッセージを送ってみても返信が来ないので、俺は腹痛の薬を持って会いに行く事にした。

 ピンポーン♪

 玄関を開けてくれたのは1代目で、急にやって来た俺をビックリしたような表情で見ている。

 「こんばんは。大丈夫ですか?」

 普通ならば「何が!?」となるような挨拶にもかかわらず、1代目は後ろに下がって俺を部屋の中に招き入れた。

 リビングに通されたが、そこに毛むくじゃらはいない。その代わり、シンクには2枚のグラタン皿が置かれていた。

 まさか、食べた?

 ジャァ~~~。

 水を流す音がしたので急いでトイレの前に向かうと、顔色の悪い毛むくじゃらがヨロリと出てきた。

 予感、的中である。

 先に「毛むくじゃらが食中毒になる」とか言っていれば俺は預言者になれただろう。

 「グラタン食ったん?何時ごろ?気分悪いだけ?腹は痛くない?」

 顔色の悪い奴に向かっての質問攻め。けど毛むくじゃらは何も答えず、首を1回軽く振った。

 分からない。の意味ではなく、答えるだけの余裕がない。と言う意味だろう。

 そして毛むくじゃらはクルッと回れ右してしゃがみ込むと、顔を便器に向けて……何分、何十分、間隔は開いているとは言え、毛むくじゃらからは苦しそうな声が聞こえてくる。

 開けっ放しのドアから見えるその背中は、ありえない速さで大きく上下に動いている。そして自分で背中を摩っている手の指が反り返るほど不自然にピンと伸びていた。

 近付くとハッキリ聞こえる呼吸音。

 「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ…………ハァ、ハァ、ハァ」

 時々、数秒間呼吸が止まるのが怖かった。

 だけど、焦ったりはしない。何故なら、経験があるから!

 「ゆっくり、息吐いて。ゆっくり……吐いて」

 毛むくじゃらは食中毒になったストレスから過呼吸になっていたので、手に出ている痺れもきっとそのせいだと思った。

 対処法は、コレで良い筈。

 胃痙攣で救急車に乗った時、救急隊員から「はいはい、過呼吸過呼吸。ゆっくり吐いて」と何度も声をかけられ、それで実際に落ち着いた経験があるから間違いない!

 「痺れてる……」

 手を俺の方に伸ばしながら訴えかけてくる声は掠れ、しゃがれていたので、きっと胃液で喉がやられてしまったのだろう。

 「うん。過呼吸になってるからな。スグ治るから心配せんでえぇ」

 しばらく経って過呼吸が治まった毛むくじゃらは、それでも吐き気が治まらないのか、夜中の2時ごろまでトイレの前に蹲っていた。

 立ち上がる気力もなかったのか、トイレ前の廊下にドサリと倒れ込もうとする毛むくじゃらをベッドに運び、心配そうにズット後ろから様子を見ていた1代目から詳しく話を聞く事にした。

 1代目によると、夕飯に弁当を食べた後に冷蔵庫の中にグラタンを見つけ、食べようと言う事になったらしい。

 食べられるのか?と疑問になった毛むくじゃらは俺に連絡を取り「臭いがなかったら大丈夫」との言葉通り、2人してグラタンの臭いをチェック。特に何の臭いもしなかったので焼き色が付くまで焼いてから食べたそうだ。

 1時間後、腹痛を訴えた毛むくじゃらがトイレに駆け込んで出て来なくなり、更に1時間後に俺が来た。と言う事らしい。

 因みに、1代目に食中毒の症状は現れなかった。

 話を聞き終えた後は1代目に眠ってもらい、俺は次に毛むくじゃらが起きて来た時に水分補給をしてもらおうとスポーツドリンクを用意した。

 窓の外が明るくなって来る頃になって部屋から出てきた毛むくじゃらは、トイレに向かわずにボンヤリと俺を眺めている。

 どうやら吐き気は治まったらしい。

 「水、飲めそう?」

 声をかけると手を伸ばしてきたので、人肌に暖めたスポーツドリンクを注いだコップを手渡し、

 「ゴクゴク飲んだらアカンで。ゆっくり飲むんやで」

 と、注意事項を述べた。

 コクンと頷いた毛むくじゃらはスポーツドリンクを口に含むが、まさか温いとは思っていなったのだろう、怪訝そうな表情を浮かべつつ1口飲んだ。

 「腹減った……カレー食いたい……」

 掠れて聞き取りにくい声。きっと喉は痛い筈なのに、何を言うかと思ったら。

 「それ、今1番アカンやつ」

 「ハハハ」

 笑い事か。

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