毛むくじゃら 13
日曜日の朝、俺と毛むくじゃらは向かい合って座ったまま黙り込んでいる。その隣では至って普通にゲームをしている1代目。
無言なのは異常な事ではないし、寧ろ普段通り。だから1代目は俺達の方を気にもせずにゲームに熱中している。しかし、向かい合ったままと言うのは中々ない。
事の発端は土曜日の、夕飯準備中の事。
メニューは、この時期に?と自分でも思ったクリームシチュー。
「なんか量多くない?」
半量ではなく1箱分作ったので、片手鍋いっぱいの仕上がりだった。
「後でグラタン作るから」
そう言いながら持参したグラタン皿2枚を取り出す。
「なんで2個?つか、シチュー食った後でグラタン?」
サラダもあると言うのに、そんな一気に食べるつもりか?
「明日午前中に帰るから、グラタンは明日のん」
「なんかあるん?」
そう聞いてくるから、愛用していたデジカメが壊れてしまったので、日本橋に行って新しいデジカメを買うつもりだ。と、説明した。
日曜日の朝、起きてリビングに行くと、毛むくじゃらが椅子に座って手招きしてきた。テーブルの上には見慣れない物が1つ。
「充電器とか、SDカードも全部あるで。まぁ、200万画素やけど動画も撮れるし、USB付いてるから、色々簡単ちゃう?」
毛むくじゃらはそれの説明をサラッと終わらせ、俺の反応を待っている。
「どうやって使うん?」
画素数やら動画の説明をされたが、コレは明らかにデジカメではない。カメラやら動画機能が付いているタブレットだ。
「その上にあるんが電源。画面スライドしてみ。そこにカメラってあるやろ?右にあるカメラのマーク押したら撮れるで」
言われた通りに操作すると、カシャ。と、独特な機械音と共に写真が撮れた。画像は少々荒いが、ブログに載せる写真を撮るには充分だし、なにより状態が良い。その上付属品が全て揃っているしSDカードも付いている。
こんな好条件の中古品、滅多にない。あった所で高額に違いない!
さて、ここからが勝負だ……。
無言で向かい合って随分と経つが、タブレットの説明以外では話しかけて来ない毛むくじゃら。
向こうもこっちの様子を探っている?
デジカメを買う為に用意した金額は5千円。交渉を始めようじゃないか!
「中古やし、千円」
人差し指を立てながら第一声。すると毛むくじゃらは大袈裟に驚きながら、
「それはないわー。SDカードだけでも500円するんやで?」
と、SDカードの値段を明かした。
「じゃあ、2千円」
ピースして見せると無言で首を振られる。
そりゃそうだ、いくら中古だからって2千円は安いし、実際2千円じゃあ状態の悪いデジカメしか買えない。
そこで俺は再び毛むくじゃらの目の前でピースして見せながら、
「これ、いくらやったん?」
タブレットの買値を尋ねた。
すると俺から視線を外した毛むくじゃらは、
「5千円」
と。
どうやら毛むくじゃらも中古で購入したようだ。とは言っても、付属品は別で買ったのだろうから、実際は1万近くかかっているのかも知れない。そう思うと5千円支払った方が良い。
と、思いつつ、
「じゃあ1500円」
ニッコリと笑顔を作りながら、右手の人差し指を立て、左手でパーを作って見せた。
「えぇ!?」
また大袈裟に驚く毛むくじゃら。
きっと、朝から探してくれたんだろう。それに、SDカードは抜いておく事だって出来た。充電用のアダプターなんて他の機械でも使えるんだし、わざわざセットにしなくても良いのに、出してくれた。
優しい。優し過ぎる。お人好し過ぎるんだ。
「ん?千円でえぇの?」
小首を傾げて見せながら、左手のパーを下ろす。
「酷なってるし!」
慌ててパーの手を掴んで来た毛むくじゃら。
「じゃあ……いくら?」
さて、値段を聞こう。
言い値で買うから。
金額提示してからの値切り交渉はしない。
ただ、5千円を超えた場合、1度銀行に行かせてくれ。
「え……さ、3千円!」
フッ。
しかし、それではあまりにも非道なので、SDカード代は別に支払っておいた。