毛むくじゃら 8
1代目がいると本音で喋れない気がした俺は、とりあえず一旦話を切り上げ、就寝準備を終えて布団に入って、明かりを消してから再開させる事にした。
「バイト、辞めたんじゃなくて、改装工事する時クビになってん」
ポツリと声に出しながら、もう寝ていたらどうしようか?とか考えて、寝ていたら良いのに、とか思った。
ウンともスンとも言わない毛むくじゃら。
本当に寝たのだろうか?と、上半身を起してベッドの上にいる毛むくじゃらを見てみると、俺に背中を向けたまま動かない。
寝付き、良過ぎないか?
けど、ちょっと助かったかも知れない。
俺は今回の居候中、空咳の事と肋骨の事を言うつもりだった。言うと怒られるだろう事を、いつ言おうか?いつ声に出そうか?と悩んでいた。
寝ていたから、言わなかった……完璧な言い訳が出来た。
布団の中に戻り、ベッドに背を向けて寝転ぶと、ゴソゴソと寝返りを打つ音が聞こえて、
「それで?」
かなり近くで声が聞こえた。
ビックリして振り返ると、ベッドの上から俺を見下ろしている毛むくじゃらがいた。
寝てなかったのか……。折角、言わなくても良い口実を見付けたと思ったのに。
「ズット咳出てたんは知ってるやろ?」
俺が意を決しているというのに、毛むくじゃらは無言のままだ。相槌すら打たないって何だよ!緊張するわ!
「……病院行っても原因不明やったんけど、多分咳喘息」
やっぱり相槌もない。
聞いてる?寝た?俺喋る意味ある?
「で?」
黙っていると、また声がした。
聞いていたのか?起きていたのか?怒っているのだろうか?
「……それで、肋骨ヒビいってもて。自宅休養してた……」
「え?いつ!?」
あ、反応があった。
1年前の正月から始まった空咳。4月か5月に肋骨負傷。そして10月末にバイトをクビになってから自宅休養。
ニート歴半年と改めて考えると、長いな……。
「そろそろバイト探すつもり」
「治ってるん?」
骨折は、流石に治ったと思う。ただ捻ったり押さえたりすると、差し込むような痛みが走る。これはきっと肋間神経痛に違いない。
いつもならここで「治った」と嘘を付いて心配をかけないようにする所だが、今日は誤魔化しはなしだ!
「まだ痛いけど、神経痛やから大丈夫」
それに、家にいない方がきっと精神的にも健全になれるだろうし、それが神経痛を早く治す事になると思う。
「病院行ったんか!?」
あ、怒ってる。けど、誤魔化さない!
「安静にって湿布もらってから行ってへん」
「安静にしてへんやろ!」
週に1回自転車に乗ってここまで来る事は、安静にしているうちに入るのだろうか?
家の事をすると言って外壁の補修をするのは、安静にしているうちに?
毎日の買い物は?10キロの米購入は……安静ではないか……。
俺だって、安静にした方が良いなんて事は分かってる。痛まなくなるまでストレッチをしながら安静にしているのが最善だとも思ってる。
だけど、溜息も、少々荒い足音も全部働いていない俺に向けられているイライラではないか?って考えると、どうしたってジッとしてられないんだ。
って、こんな事を愚痴りたい訳じゃない。
話の本題は、毛むくじゃらの本音を聞く事……って、もう聞けた気がする。俺の体調不良をこんな必死に考えてくれて、安静にしろって怒ってる。
友達だって、思ってくれてるから……って、これも俺の勝手な考えか。じゃあ、直接聞こう。
「毛むくじゃらにとって、俺ってなに?」
毛むくじゃらは困った表情で「え!?」とか言いながら言葉を捜しているから、なにかよほどの事を言われるんだろうと覚悟した。最悪な事態も想像して、心構えをした。
「あかん、何も思い付かん。行き成りハードル高いねん!」
ん?
あぁ。
「大喜利ちゃうわ!」
暗い部屋の中、布団に寝転がりながら脱線を繰り返す話し合いを続け、かなり遠回りをして本音が聞けた。
「友達じゃないなら、週1泊まりとかないからな?」