毛むくじゃら 7
強引に決められた約束の場所に8時ちょっと前に行くと、そこには既に旧母親の姿があった。
「SIN久しぶりぃー」
抱きついて来る旧母親にどうして良いのか分からないので、
「友達にメール送ったけど、来るかどうかは分かりません」
先手を打っておいた。
「8時半になっても来んかったら、その子の家に案内して」
はい!?
「明日仕事やし」
「まだ8時やんか」
「こっから遠いし」
「タクシー乗ったらええやん」
「今日そんな持ち合わせ……」
「出すから」
「急に行ったら迷惑やん」
「メールしたんやろ?」
完敗だ……。
なんだ?この切り返しの速さと異常な攻撃力は!流石、あの姉の母…真のラスボスだ。
8時半が迫り、旧母親はタクシーを拾うべく車道に向かって移動を開始した。
ファストフード店から車道は10メートル程の距離しかないから、何とか旧母親の行動を阻止しようと思ったのだが、結局俺は旧母親がタクシーを呼び止める為に手を上げるより先に、手を上げてブンブンと大きく振っていた。
毛むくじゃらの車がノロノロと走ってきたからだ。
窓を開けた毛むくじゃらは片手を上げて答えてくれて、それを見た旧母親が、
「SINのお友達?」
と。
「あ、はい」
なんの説明もなく、急に知らない人からそう言われて、素直に答える警戒心のなさ!
「土曜日に泊まらせてくれてるんやって?」
「そうですけど……え?誰?」
誰なのかって気になるのが少し遅くないか?
「始めまして。SINの母です。これからも仲良くしてやってね」
綺麗にお辞儀をした旧母親に、毛むくじゃらも車の中で頭を下げて挨拶を返している。
なんだろう、この雰囲気……不束者ですがよろしくお願いします。とかなんとか言った方が良いのだろうか?
「えっと、ここ車停められないんで……乗りますか?」
「顔見たかっただけやし、もう帰るわ。安全運転で帰るんやでー」
旧母親はそう手を振ると颯爽と駅の方へ歩き出してしまい、1回も振り返らずに階段を上がり、本当に帰ってしまった。
駅前に取り残された俺達。
毛むくじゃらが「とりあえず乗って」と言うから、俺は迷いなく運転席の後ろに乗り込んだ。
走り出した車は駅を離れ、見慣れた建物の前へ。
そこは俺の家の近所。
「何で急に母親なん?」
至急来い、と言う説明不足過ぎる1通のメールだけで駆け付けてくれた毛むくじゃらには、洗いざらい喋ってしまおうと思った。
だから旧母親が激怒した理由である土曜日外泊が、俺や弟が言い出した事ではなく、親父達から発信の強制外泊である所からの説明をした。
1度口にしてしまえば、後はもうボロボロと流れ出てくる言葉。それでも一旦頭で整理して、違う言い回しを探してポタポタと呟く。
「なんでバイト辞めたん?辞めへんかったら、今頃3人で暮らせてたんやん」
毛むくじゃらの言葉は、的確過ぎて心に直接突き刺さってくる。しかも真顔だし、声低いし、目付き悪いし!
それに、バイトはクビに……。
細かく説明しようと口を開けてみたが、これ以上話を長引かせれば毛むくじゃらの睡眠時間がなくなる。
「他にえぇ所探す」
「どうやって?すぐに見付けられるんやったら、何でこんな長い間ニートなん」
「家の事とか……」
「SINがおる意味ないやん」
ぐうの音も出ない。
これが、例えば全然知らない人とか、ご近所の人に言われるんなら気にもならなかっただろう。
全然俺の事を知らない人が言っていたら「家に俺の役目がないなら、さっさと働いて3人暮らしをしよう!」とか前向きになる事だって出来ただろう。
けど、それとは違う。
俺の存在は、毛むくじゃらにとって意味がないらしい。