毛むくじゃら 3
日曜日の昼下がり、毛むくじゃらも1代目も自室から出て来ないので、俺はリビングのソファーの上に寝転がり、ウトウトしていた。
自分で言うのもなんだが、俺は警戒心が強い方なんだと思う。だから家に姉が来ただけで眠れなかったりするのだが、どうしてなのか、俺はここに来たその日にはもう既に眠れていた。
今となってはウトウトする度に1代目から「笑わせてください」と言われる始末だ。
しかし、今は1代目もいないし眠れるだろう。と、目を閉じてしばらく。何か夢を見ていた気がするので少し眠れていたのだろうが、ドアを開ける音で意識が引き戻された。
薄く目を開けて確認して見ると、リビングに出てきた毛むくじゃらはトイレへ。
なんだ、とまた目を閉じて少し、トイレから出てきた毛むくじゃらの足音が自室に向かって…いかずに立ち止まった。
再び薄く目を開けると、俺を見下ろしている毛むくじゃらの姿が見える。
「なに?」
寝転んだまま尋ねてみると、ドカリと床に座って俺の顔を真正面から見てきた。その距離は30cmもなかっただろう。
「聞いたんやけど」
ほとんど無表情の毛むくじゃらからは感情が読み取れない。
「なにを?」
多少緊張しつつも起き上がらないで聞き返す。
「寝る前に、笑かしてみぃ」
あぁ…なるほど。
「嫌や」
面倒臭いと寝返り打って毛むくじゃらに背を向けるが、グルンと向き直され、その勢いでソファーからずり落ちた。
頭こそ打たなかったが、咄嗟に受身を取ろうとした腕がテーブルを直撃しただけではなく、あちこち細かく打って全身痛い。
流石に眠気も吹き飛んだのだが、毛むくじゃらはまだ諦めていなかったのか、
「笑かしてみぃ」
と、もう1度言った。
1代目は笑い上戸だからなんとか笑わせる事が出来ているが、毛むくじゃらは難易度が高い。そして何処にツボがあるのかも分からない。
どこからともなくリコーダーの音が聞こえてきた時の事。
多分下校途中の小学生が吹いていたのだろうが、途中で明らかに音が裏返った。
「フッ」
俺は少し笑った。
すると毛むくじゃらは俺の前に立つと、かなり思いっきり肩を掴んで、
「何で笑えるんや!?」
怒っていた。
そうかと思えば人の言い間違えで大爆笑したりする。
本当に分からない。
きっと1代目が「面白いんですよ~」とかなんとか言ったに違いない。
「絶対笑ったらアカンで」
「よし、来い」
「昔々ある所にかなりイケメンなお爺さんと、皺の多いお婆さんがいました」
「ん」
「お婆さんはお爺さんの事がとても好きで、お爺さんもお婆さんの事をとても大事に思っていました」
「おぅ」
「ある時、2人で洗濯に行くと上流から大きな桃が流れてきました」
「あ、桃太郎か」
「お婆さんはお爺さんに言いました」
「ん?」
「あの桃は、きっと美味しいじゃろうなぁ、食べたいのぅ」
「ん」
「お爺さんは言いました……『そうだね』 」
「ふっ…」
「…そうこうしている間に、桃はどんどん流されていきます。お婆さんは言いました」
「ん」
「あの桃を食べれば、ワシの皺もなくなり、ツルツルになるかも知れませんよ」
「おぅ」
「お爺さんはそれを聞いて言いました……『そうだね』 」
「ブッ」
毛むくじゃらのツボは、本当に良く分からない。