トリオ 5
何故、よりによって明日と言う日が日曜日なのだろう?
明日が例えば月曜日なら、こんなに悩む事はなかっただろう。
パパッとスーパーで適当に買ったチョコを親父と弟に渡して、ソレで終わっただろうバレンタイン。
毛むくじゃらと1代目に渡すか、渡すまいか俺は相当な時間迷っていた。
去年、チョコをあげる側だと言った俺に対して1代目はホモチョコだとか言っていたので、あげない方がきっと良いのだろう。
しかし、折角のイベントを全力で無視するには無理がある。と言うよりも勿体無い。
こうして俺はスーパーの目立つ場所に山済みに置かれているチョコに背を向け、陳列棚の隅の方に追いやられてしまっている、激しくビターなチョコを手にした。
高濃度カカオ成分だからなのか、普通の甘いチョコに比べると2倍ほどの値段の高級品である。
そんな高級品と玉ねぎ、にんじん、ジャガイモとカレーのルーを買い物カゴに入れ、コレで良いのだろうか?と立ち止まる。
カレーに見せかけて、大量の砂糖投入した甘い何かを作った方がイベントっぽい。だったら砂糖じゃなくて、甘いチョコの大量投下の方がバレンタインらしさがあって良いかも知れない。仕上げに入れる牛乳も生クリームに変えて、だったら水じゃなくココアで作る?
味の想像が「きっと物凄く甘くて不味い」しか出来ない。
完食出来なかったら、それは遊びの内に入らなくなるか。
ピンポ~ン♪
タッパーに入れたカレーを持参し、雨の中を徒歩でやってきた毛むくじゃらと1代目の家。
雨の時、俺が行くと1代目は既にバスタオルと着替えを用意してくれているのだが、いつも、
「シャワー浴びてください」
と言ってくる。
泊まらせてもらっているのに、風呂まで借りるなんて図々しいにも程がある。それに、貴重品などを全て置いて浴室と言う密室に入るなんて、そんな無用心な事が……。
「ふぅ~、暖かい」
出来てしまえる。
風呂から上がり、髪をガシガシと拭きながらソファーに座って見えたのは、テーブルの上に置かれているチョコ8個。
本命チョコはなさそうなのだが、8個!
これでもし俺も渡していたら、ただの嫌がらせになっただろう個数。惜しい事をしたと言う思い半分、用意しなくて良かったと言う思いが半分。
ごはんが炊き上がる少し前、毛むくじゃらも帰ってきた。
「ただいまー」
と、リビングにやってきた毛むくじゃらの手には1つの袋。
テーブルに置かれた袋の中を遠慮もなく見てみると、明らかにギリだと分かる小さなチョコガ3つ入っていた。
1人から3つなのだろうか?それとも3人から1つずつなのだろうか……。
「おかえり。カレー持ってきたけど、食う?」
カレーは至って普通のカレーにしたので、味は美味しく出来た。そこに隠し味としてビターチョコを少々加えたバレンタイン仕様。にも関わらずニヤリと笑いながらカレーを冷蔵庫から取り出してみる。
「絶対なんか変なんやろ!」
そう警戒する毛むくじゃらの前にタッパーを近付け、
「ごはん炊きあがったばっかりやで?コレかけて食いたいやろ~?」
と、電子レンジでカレーを暖め、パカッとタッパーの蓋を開けるとカレーの匂い。
「あれ?匂いは普通?」
顔を近付けて臭いチェックする毛むくじゃらを他所に、俺は3枚の皿を出してご飯をよそい、毛むくじゃらと1代目の皿にだけカレーをかけた。
「はい、召し上がれ」
恐る恐る1口食べた2人は、ん?と不思議そうな声を上げて2口目を口に入れ、何か可笑しな所を捜すように良く味わって食べた。
3口目を食べ終えた後、1代目は自信無さ気に、
「美味しい、です……」
と声に出すから、
「そう?」
と、不思議そうに答えてみた。
「え?なに?なにこれ」
綺麗に混乱してくれた毛むくじゃらは、口いっぱいにカレーを頬張り、頭を抱えながら食べるもんだから、俺は終に笑ってしまった。
「隠し味にチョコ入れただけ~」
こうして“イタズラを仕掛けていると思わせながら何もしない”と言うドッキリは大成功に終わった。