間章 髪
---- 芹沢鴨から狼藉を受けた 小寅視点-----
最初は戯言どした。
「帯を解け」といわれて、無粋な誘い方をしはるお侍はんやと思うたどす。うちは芸妓どす。芸を売るんが仕事で身体を売っとるさかいはあらしまへん。
「お侍はん、赤こ赤こなってきてますえ」
ほして、笑っていなしておいやしたんどすけど、お酒が進むにつれて、そんお侍はん目が真剣になっていきたんや。
怖いと思ったときには、よう遅かったんどす。
うちん帯に手をかけて、無理やり解こうとしはるさかい、うちも必死で抵抗したんや。
そんとたんにバチッと音がしいや、ほっぺたが熱くなったんや。打たれたと気づいたときには、床に転がった身体を蹴りつけられたんや。
「なにしはるんどすか」
「帯を解け」
お侍はんは、完全に酔っ払ってやはった。そないにキツキツ言われても、脱げへんモンは、脱げまへん。
後ろから吉田屋んおとこし衆が来はってくれて、止めに入ってくれおへんどしたら、どないなっとったか。
けれど、ほして仕舞ほなおまへなんだ。数日後、そんお侍はんが乗り込んで来はったのどす。
暴れて、店中を壊しいや、うちらを捕まえたんや。
「お前らに罰を与える」
罰って何どすか。なんで罰を受けなければならへんどすか。分かれへんままに、付き添いんお鹿と一緒に髪を切られたんや。
おなごん命ともいえる髪を切られたんは、口惜しくてなりまへん。
嶋原の芸妓は基本は芸を売る、つまり芸で酒の場を盛り上げるのが仕事です。江戸の吉原とはシステムが違うんですね。そして「ありんす」言葉は吉原の廓言葉なので、京では使われていません。
嶋原にも廓言葉「なます」はあったらしいのですが、詳しい文献が見つかりませんでした。なので使っていません。
そして…すみません。私、京言葉のネイティブスピーカーではありません。ネイティブな方が読んで、翻訳上の意味がおかしい部分がありましたらお知らせください。




