間章 お兄ちゃんと勉強
----- 彩乃視点 -------
お兄ちゃんに勉強を教えてもらうことにした。
「これ、読んでおいて」
ぽいと渡された紙の束には、なにか書いてある。お兄ちゃんの字で書かれた文章。全部英語だった。しかも筆記体。
「お兄ちゃん。これ、読めないよ」
「え? この程度の文章も読めないの?」
「違うの。この文字。筆記体でしょ? こんなの学校で習ってないし、使ってないもん」
「え? そうなの?」
驚くお兄ちゃんに、わたしは説明する。
「学校の先生も言っていたよ。こういうのがあるんだっていうぐらいでいいって。今は筆記体を読むことは、ほとんどないからって」
お兄ちゃんは額に手を当てて考え込んだ。
「ああ…そうか。typewriter じゃなくて…word processor じゃなくて…えっと…コンピューターになったからか」
なんだか知らないけど、独りで納得してしまった。いつものことだけど。
「仕方ない。じゃあ、後でなんか書いておくよ」
どうあってもわたしに英文を読ませたいみたい。この時代の勉強って何をしたらいいか分からないし、お兄ちゃんに任せることにする。
翌日にまた紙を渡された。今度は数枚。読める英語が書かれているけど…。
「お兄ちゃん。Inevitableってどういう意味?」
「そんなの辞書で調べて…って辞書が無いのか。不便だなぁ」
わたしが困った顔で見れば、お兄ちゃんも困った顔でわたしを見る。
「避けられないとか、必ず起こるっていう意味」
「わかった」
わたしは意味を書いておこうと思って筆を構えて、固まった。筆で書くと文字が太すぎて英語の間に書いておけないの。
仕方なく別な紙を出して、英語と意味を書いておく。筆で勉強するって不便。文字も大きくしか書けないし。
「えっと、じゃあ、えっとデリ…これなんて読むの?」
「あー。deliberatelyね。意味は、慎重に~する…みたいなときに使うんだけど…えっと、この場合は、わざと~するって意味で取ったほうが理解できるよ」
わたしはお兄ちゃんの発音から、読み仮名と意味を書いておく。えっと、デリバレィトリ? でいいのかな? 発音記号なんてわかんないもんね。
「彩乃。英文読むときに訳しちゃだめだよ」
「え? ダメなの?」
「英語は英語のまま読む」
「それだと意味がわからないよね?」
「慣れるとわかるようになるから」
「慣れるの?」
「慣れる。じゃあ、その英文を20 words以内に要約してみて」
「辞書なしで?」
「なしで」
お兄ちゃんはスパルタです。昔からだけど。
筆はとっても書きにくいけど、英語はまだマシだった。数学は数式を筆で書いて計算するのなんて無理っ。紙がいっぱいいる。
微分積分なんて、上の列で書いた数字が下の列にくっついて、どうなっているか途中で分からなくなった。
とうとうお兄ちゃんは筆を使うのをあきらめた。
「今度、羽を拾ってくるよ」
「羽?」
「うん。羽ペン。昔は普通に使っていたんだけどね。まだそのほうが細い文字をかけるから」
羽ペンが来たら、もっといっぱい勉強することになりそうです。
お兄ちゃんに教えてって言ったの、間違ったかな?




