第8章 雨の長夜にすることは…(3)
夕方になって、彩乃が帰ってきた。
「もう大丈夫?」
ちょこんと枕元に座ると、小首をかしげる。
僕は安心させるように微笑んで起き上がった。今はもう大分いい。
「大丈夫だよ。もう起きられる」
「ん。良かった」
彩乃が安心したように笑顔を見せた。
それから僕は山南さんに文字を教えてもらうことを彩乃に話した。
「彩乃はどうする?」
「わたしは、お兄ちゃんに教えてもらいたいな」
「え? ああ、いいけど。僕が習ってきて教えればいい?」
彩乃はこっくりと頷く。
「それとね、ここの文字だけじゃなくて、英語とか、数学とか、他のものも教えてもらいたいの」
「え?」
「だって、このまま勉強しなかったら、バカになっちゃうよ?」
僕は苦笑した。それは小学生だった彩乃に僕が言った言葉だ。
『勉強しないとバカになるよ』
まさか、このタイミングで言われると思ってなかった。
「いいよ。教えてあげる。英語でも数学でも」
僕の言葉に、嬉しそうに彩乃が微笑んだ。
あ、可愛い。
思わず手を伸ばして頭をなでようとして、「やめてよ」とまた怒られた。
実際問題、彩乃が高校まで終わっていて良かったと思う。基本的な教育は身についている…はずだ。多分。
数日後、僕の体調はまったく元通りで、むしろ絶好調と言ってよかった。
そんな中、隊士たちが集められ、副局長の新見錦が切腹したと伝えられた。例の禁令に背いたためだという。
新見さんは、芹沢さんの片腕だった人だ。芹沢さんは一体どうしているのかな…と僕は思いつつも、その後に来る有名な事件を思い出していた。
そのまま時が流れれば、後世に伝わる出来事が起こるのだろう。




