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第7章  人の命(9)

「総司たちが一生懸命なのはわかる。今まで日本は外国を退けて、うまくやってきたんだ。でも今、欧米各国がアジアの国々の争奪戦をやっていて、その中で日本はうまく時流に乗れるかどうかの瀬戸際だ。日本国内からは見えない事情だけどね。実は幕府も結構がんばってるんだけど、何しろ初めての外交だからね。条約の締結については色々失敗してる。歴史の結果論から見ると。だから倒されるわけだけど」


「じゃあ、どうしてこっち側にいるの?」


「最初のころは幕府を擁護する側が優勢だから」


「え? じゃあ、俊にいは、みんなを見捨てる気だったの?」


「見捨てるっていうのは人聞きが悪いよ。僕としては、もぐりこみやすくて、羽振りのいいところで、ある程度稼いだら逃げる気だった」


 くぃっと肩をすくめる。


「え~。それは酷いよ。そんなのみんなを裏切ってるよ」


「うーん。もともと僕らは部外者だしね。それに…このまんまっていうことはできないだろうね」


「なんでよ」


 リリアの語調が荒くなる。


 僕はそっと目を伏せた。リリアには語りたくない。新撰組の行く末…。


「この先は、それぞれが、それぞれの道を行く。己の信念に従ってね」


「それって…」


「とにかく、彼らには彼らの正義があり、信念がある。彼らの命を救うためだとしても、それを曲げさせることはできないよ」


「それでもあたしは、戦いたい! みんなを守りたい!」


「リリア…」


「俊にいはズルいよ。自分だけ傍観者みたいにしてる。違うでしょ。ここに居る時点で、もう当事者だよ!」


「でも」


 ずるいと言われても、僕は君を傷つけたくないんだ。君を辛い目に合わせたくない。そんな言葉を僕は飲み込んだ。


「じゃあ、自分は隠れて、みんなが剣を振るうのを見てるの? 総司さんや平助くんに殺させるの?」


「それは…」


「そんなのってないっ! 酷いよっ! ずるいよ」


「でもね、リリア」


「そんな俊にいは嫌い!」


 リリアはそう言うと、感情に任せて飛びあがった。あっという間に川の向こう岸だ。



 慌てて僕も川を渡る方法を探す。さすがにリリアみたいに一足飛びに川の向こう岸までは行けない。


 あたりを見渡すと、川の中ほどに二箇所、杭のようなものが立っているのが見えた。勢いをつけて、それを目掛けてジャンプする。 




 なんとか川を渡りきって耳を澄ませると、誰かが争っている声が聞こえた。一人はリリアだ。


 舌打ちをして、僕は直線距離を走り出す。


 家の屋根や木の枝なども利用して、とにかくまっすぐ。


 そうしているうちに、争いの声が近くなった。


「やめてよ。離してよ」


「女、おとなしくしろ!」


 男の格好で出てきたけど、女ってばれたわけだ。そうして、僕は木の下にいるリリアと侍の格好をした三人の男たちを見つけた。


「リリア」


 そう声をかけた瞬間に、リリアの瞳が赤くなって、男の首に喰らいつく。男から凄い勢いで血の気が消えていくのが、僕の目にははっきり見えた。


「ば、化け物!」


 一人の男は腰を抜かし、もう一人の男がリリアの背中を斬ろうと刀を振り上げる。



 妹が人を殺そうとしている。

 妹が斬られようとしている。


 その瞬間。


 僕の本能が暴走した。


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