第1章 隊士になります(5)
その横に藤堂平助が防具をつけて立つ。
「オレがやる」
ふーん。藤堂平助って強いんだっけ? まあ、誰であっても彩乃には勝てないけどね。
彩乃が剣道を習ったのは、強くなるためじゃない。
力加減を覚えて、殺さないためだ。
「じゃあ、始めますよ」
沖田の合図で二人が向かい合う。両方とも正眼の構え。要するに身体の前に竹刀がある状態だ。
「はじめ!」
そう声は響いたものの、どちらも動かない。彩乃が首をかしげた。
その仕草は小鳥のようで、可愛い。可愛らしすぎる!
「来ないのかよ」
藤堂平助が不機嫌な声を出す。彩乃の可愛い仕草もこいつには通じなかったらしい。男失格だな。
そんなことを僕が思っている間に、彩乃は自分から仕掛けることに決めたらしい。
ちらりと僕に視線を送ってくる。
やっていい? っていうことだね。
やっておしまい。
そういう意味をこめて、僕は大きく頷いた。なんか悪の組織の大ボスになった気分だ。
僕の動きを見た瞬間に、大きく彩乃が踏み出した。慌てて藤堂平助は迎え撃とうとするけれど、その瞬間に彩乃の竹刀が下がる。下からの突き! 藤堂平助がそれを避けようと竹刀を下げたところで、彩乃の竹刀が目にも留まらぬ速さで上がり、面を打った。
ぱしーん
ああ、いい音だ。
僕たちの種族は、ちょっとだけ人間と違う力がある。その個体差は大きい。つまり僕しか持っていない能力や、彩乃だけが持っている能力があるってことだ。
彩乃の場合は、筋力が人間の10倍は強い。それだけ早く動けるし、力も強いし、動体視力も優れている。
だから彩乃が人間と共存していくために、殺さないための訓練が必要だった。
防具をつけて、しかも道具で打ち合うんだったら、殺さないかな~っていうのが、剣道を選んだ理由だ。選んだ動機は不純だったけれど、意外に彩乃は剣道を気に入ったらしく、ある程度の自己訓練ができた今でも続けている。
藤堂平助は、ぽかんとしたまま前を向いていた。彩乃はすれ違いざま相手の面を打ったから、今は彼の後ろにいる。真剣勝負だったら、後ろからもう一撃いれられるな。
「しょ、勝負あり」
沖田の声がして、藤堂平助が振り返った。彩乃も振り返って、ちらりと目線を送ってくる。
「つ、次、わ、私とやりましょう」
前のめりになっている沖田の目の色が変わっていた。
強いやつを見つけたときの、歓喜の目だ。
そのとき出入り口に人影が現れた。さっきいた永倉新八、原田左之助、斎藤一だ。
なんかやってると思って見に来たね。野次馬ってやつだ。
いい機会だから彩乃の強さを見せ付けられたらいいさ。ふふん。
だが沖田は眼中にないらしく、目線をやることすらせず、いそいそと防具をつけると、彩乃の前に立った。
こんどは藤堂平助が審判役らしい。とりあえず片手をあげる。