第6章 政変…のはずですが(14)
「もう一回、しっかり掴まって?」
「う…うん」
しぶしぶ女の子は僕の首に腕を回した。僕はしっかりと女の子を抱えて降りていく。みんなに見られているから、登ったときよりはゆっくりと。
「ところでさ。君はなんて名前なの?」
「あたし? 菊だよ」
「お菊ちゃんか。おにいちゃんは俊」
「俊おじちゃん?」
「俊おにいちゃん。彩乃のお兄ちゃんだよ」
「仕方ないなぁ。お兄ちゃんって呼んであげる」
「ありがとっ」
そう答えると僕は最後の枝から飛び降りた。ざっと音をさせて着地をすれば、子供たちが尊敬の眼差しで僕のことを見てくる。
「すげ~」
「いいなぁ。あたしも登りたい」
口々に子供たちが言う。
「総司と彩乃が登ってるから、登りたいって、ダダをこねられたんだよ」
そう言ったとたんに、お菊ちゃんが口を尖らせた。
「ダダなんてこねてないもん。隠れるのにいい場所を教えてあげたんだもん」
「はいはい」
「感謝しなくちゃいけないんだよ。俊お兄ちゃん」
「そうだね」
僕はお菊ちゃんの頭をなでながら苦笑した。なんか彩乃の小さいときを思い起こさせる。いや、リリアに近いかな。
子供たちの笑顔は明るくて。この笑顔が消えないように。僕がこの時代でできること、やってもいいことはあるのかな。
のんびり遊ぶだけ遊んで、夕方になって、政変の前日のはずなのに…。僕の緊張をよそに普通の一日が終わってしまった…。
真夜中過ぎ、ドンドンと門を叩く音が響いた。現代より静かな空間だから響くよね。まあ、僕らの耳が良いせいもあるけど。
「会津藩からみたい」
例によって僕らの部屋では、リリアが耳を澄ます。
「長州藩が京を引き上げるから、御所の警備に来いって…多分、言ってる」
今一つ自信なさげなリリアに、僕は苦笑した。会津藩からのお達しってことは、きっと文語調なんだな。
この時代、書き言葉と話し言葉が違うわけだ。なんとかそうろう…とか、なんとかべし…とか。僕たちにとったら古文だね。日本語の場合は、本当に移り変わりが激しいから、現代人からしたら口語を理解するよりも難しい。
真夜中にも関わらず、総員出動命令が下った。ただし、彩乃は留守居役。
公式な場所に女の子を連れて行くのは…っていうのがあるのかも。この後、新選組は女人禁制になっていくしね。僕は申し訳ないけどほっとした。
彼女は残念そうだったけど、前日からの僕との話もあるし、素直に残ることに同意した。




