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第6章  政変…のはずですが(11)

 時は葉月(八月)。いよいよ「八月十八日の政変」が始まろうとしている。


 文久三年八月十八日。京から長州藩を中心とした尊皇攘夷派を駆逐するクーデターが発生する。これによって「七卿落ち」といわれる七人の公家が京を去ることになる。


 このあたりは歴史の教科書にも載っていたりする。しかもこの政変で実績をあげたとかで、「壬生浪士組」はめでたく「新撰組」の名前をもらうことになる。


 僕にとってこの日は恐怖だ。実はあまりじっくり内容を読んでいなかったから、新撰組が何をしたのか知らないんだよね。クーデターっていうから、なんか色々ありそうだし。


 できれば彩乃には遠慮してもらいたいんだけど…。




 歴史の大舞台では色々動いているはずなのに、なぜか僕らの周りは平和だった。少なくとも表向きは。


 十六日の夜。

 

「彩乃」


「ん?」


 僕は夕飯の後、寝る用意をしながら彩乃に話しかけた。


「数日のうちに、何かあるかもしれないけど…できれば彩乃はここに居て?」


「何で? 何があるの?」


「クーデター…が、多分ある」


 彩乃の目が見開かれる。


「クーデターって…何が起こるの?」


「わかんない。だからここに居て欲しい」


 彩乃はぐっと唇を噛み締めた後で、押し殺すように声を出した。


「お兄ちゃん」


「ん?」


「わたしだって、隊士だよ? しかも強いよ」


「分かってるけど、でも居て欲しい」


「お兄ちゃんは過保護すぎるよ」


「そうだけど…」


 いきなり、彩乃の手が伸びて、僕の手をぽんぽんとやさしく叩く。


「大丈夫だよ。わたし、怪我しないようにするし。怪我させないようにする。お腹も一杯だから、この前みたいなパニックにもならないよ?」


 そう言って小首をかしげる。僕は思わず条件反射的に彩乃の頭をなでた。


「怪我だけを心配してるわけじゃないんだけどね」


「うん。でもお兄ちゃんも一緒にいてくれるでしょ? 総司さんもいるし」


 なんで、ここで総司…。ま、いいか。


「じゃあ、もしなんかあったら、絶対に僕から離れないこと。僕の言うことをきくこと。いいね?」


「はい」


 彩乃がこくんと頷く。


「あ、リリアもだよ。もしかしたら夜にかかるかもしれないから」


「うん。言っとく。大丈夫」


 蒲団にもぐりこんでから、彩乃が言った。


「ね、終わったら、またシャワー行く?」


 そう、僕たちはこの前、稲荷山の滝にシャワーに行ってきた。例の総司を蹴り飛ばした翌日だ。手作り石鹸は結構ちゃんと機能してくれた。少しばかり彩乃の髪がごわごわになったけど、さっぱりして気分が良くなったほうが大きかった。


「そうだね。行こうか」


「そうしたらお兄ちゃんの着物の背中にスリットをつけてあげるね」


「あはは。そうだね。羽を出すのにいいかもね」


「うん」


 上半身裸で頭が濡れたまま空を飛ぶのはちょっと寒くて。少しでも温かく…と考えてくれたんだろう。


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