第6章 政変…のはずですが(9)
「ね、お兄ちゃん。襲ってきたら、どうしたらいい?」
暗くなった部屋(でも、僕たちにはばっちり見えてるけど)で彩乃の声が囁く。まだ彩乃なんだな。多分、もうすぐリリアに変わる。
「そうだなぁ。とりあえず、『キャ~』とか言ってみる?」
「え~」
不服そうな声が返ってきた。
「ん~。じゃあ、その1、そのままやられる。その2、返り討ち。その3、驚かす」
「その2! ここは返り討ちでしょ! やっちゃおうよ。俊にい」
あ、リリアだ。
「返り討ちって分からないように返り討ちにしないとダメだよ? 例えば、暗くて見えないから殴っちゃいました…的な」
「めんどくさい」
こらこら。
「ん~。俊にいに任せた。お休みなさーい」
そう言ったとたんにリリアは静かになる。寝るとなったら早いんだよね~。睡眠時間なんてほとんど要らない僕たちのはずなのに、昔からの習慣でリリア(=彩乃)はよく眠る。
仕方ない。じゃあ、来たら一発、軽く殴ってみますか…。
そう思って、僕は立ち上がって、思わずシャドーボクシングをやってみた。うん、暗闇だからね。その意味でもシャドーボクシング(笑)
あ~、くだらない。自分の頭の中じゃ、誰もツッコミを入れてくれないよ。
ちょっとムエタイなんかも混ぜてみて、肘入れてみたり。
よ~し、ノッてきたぞ~。足技もいっちゃえ。
どこの武術かわかんないけど、全部まぜこぜシャドーだ。
シュッ、シュッ。
えいっ!
そう思って、足を水平に蹴り出したときだった。
「ぐえっ」
カエルがつぶれるような音がしたかと思うと、そのまんま襖が吹っ飛ぶ音がして、何かが雨戸に激突する音がした。
どさりっ!
…。
何、この足ごたえ。
…。
「きゃ~」
リリアの声が響く。
「しっかりして!」
ぱっと雨戸のところにリリアが走っていって、そこでつぶれている物体に走り寄った。
あ、総司…。
どうやら僕はシャドーナントカをしていて、入ってきた総司を蹴りつけたらしい。
廊下に呆然と立ちすくむ平助もいた。こっちは蝋燭をもっていて、その明かりが目にまぶしい。
二人とも覆面してるけど、一目瞭然。思わず、平助と僕はお互いに見つめあった。
「あ~、何してるの?」
一応、白々しく聞いてみる。
「お、おまえ、分かってて、やったのかよっ!」
平助が、怒りと戸惑いに顔を真っ赤にしながら言った。
「え? いや、たんに蹴りの稽古してたら、なんか当たって…」
「暗闇の中で稽古するのかよ」
「ほら、彩乃を起こしちゃマズイと思って…」
マジです。ごめんなさい。
まさかあのタイミングで襖が開くとは思わなかったもんで、なんとなく僕はしどろもどろになる。言い訳じゃないのに、言い訳じみるのは何でだろう。
「そんなこといいから! 総司さんを何とかして!」
リリアが怒鳴る。
あ~、そうだ。総司が落ちたままだった。
すばやく走り寄って、総司の状態を見る。呼吸はある。衝撃で気絶してるだけだな。
横にしようと思って肩に手をかけたところで、ぱちりと見開いた総司の目と僕の目があった。思わずあまりの至近距離に、一瞬で手が離れる。
「いった…」
総司は背中に手をやって顔をしかめた。
「大丈夫?」
リリアが僕を押しのけて総司の顔を覗きこんだ。その瞬間に総司の覆面から出ていた首が真っ赤になる。きっと覆面の下の顔も真っ赤だ。
うん。かなり距離、近いよね。さっきの僕と総司の距離と一緒。
そのとき「うぉ~」とか「ぎゃ~」とかいう声が聞こえてきた。平隊士がいる大部屋だ。
「始まったな」
平助が大部屋のほうを振り返って言った。
「あっちのほうが人数が多いから、凄いな」
と続ける。
あ、そういや、そうだった。なんで僕がシャドーボクシングをし始めたか、思い出したよ。彼らが奇襲をかけるとか言ったからだよ。
「あ~、なんだったら、総司は見とくから、平助、行ってもいいよ?」
「ああ?」
「いや、なんか凄い騒がしいから、見てきたほうがいいんじゃないの?」
「何、お前のその反応」
あ、しまった。覆面かぶって何してるか、聞いてないのに…。
「えっと、『ウワー、オマエタチ、ナニモノダ』」
平助の眉間にしわが寄った気がする。覆面で見えないけど。
「何、その棒読み」
「え? いや、ほら、覆面かぶってるし…」
僕がそういった瞬間、平助が覆面を脱いだ。
「お前、俺らだって、分かってるのに、そういうことするなよな」
「いやいや。ワカラナカッタよ?」
「なんだよ、その白々しい言い方」
「あ~う~」
思わずしどろもどろ。リリアが僕を見て、口をパクパクさせた。
なに、なに?
『バカ』
…(涙)。




