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間章  謎の儀式

------ 土方視点 -----------


 最近、へんなものを武道場の隅においてやがる。水がめと盛り塩だ。


 稽古が始まる前に平隊士たちが、盛り塩を茶碗に入れ、水がめから水を注いで飲んでから稽古する。


 終わってからもなにやら同じ儀式をやっているらしい。見ていたら平隊士どころか、幹部でもやっている奴がいる。


「こりゃ、なんだ」


 今日も蒸し風呂のような道場の中で、俺は儀式をやっていた安藤に声をかけた。


「あ、月水っすよ」


「つきみず?」


 聞かねぇ名前だな。


「なんだ、そりゃ」


「あ~、宮月さんが、稽古の前と後にこれ、飲めって」


 そういって、盛り塩と水を見せる。よく見れば、盛り塩はやや茶色っぽい妙な色をしている。そして耳かきのようなものが傍においてあった。


「この匙で、一杯入れて、水を一杯入れるっす。多すぎても少なすぎてもダメだそうっすよ」


 指を伸ばして、盛り塩に触ろうとして、安藤に止められた。


「ダメッすよ。そのまんま舐めたら、毒だそうっす」


「毒だぁ?」


 俺は目を剥いた。


「薄めて飲めば妙薬。濃いと毒。薄すぎたら役立たず。だそうっす」


 眉をひそめた俺に、安藤がすかさず小さじで自分の茶碗に盛り塩もどきを入れ、水を入れ、俺に渡してきた。


「これを飲んでおけば、道場での稽古が楽に…おっと、長くできるっすよ」


 今、楽にって言ったな。稽古は楽にやるもんじゃねぇだろっ!

 そう思いつつ、安藤を睨みがら俺は茶碗の中身に目をやった。見目だけは透明だ。匂いもしない。


「さ、ぐぃっと」


 そう言われて飲むと、妙な味がする。甘いような塩っ辛いような…。


「なんだ、こりゃ」


「だから月水ですよ。宮月さんの水の略で、宮水とするのは宮様に恐れ多いんで、月のほうをとって、月水っす」


 変な味だ。


「毒じゃねぇんだろうな」


「大丈夫っすよ」


 そう安藤が答えた瞬間に、向こうのほうで、どさりと人が倒れる音がした。


 わー、わーと人が集まる。暑さでやられたか。


「月水もってこい、月水!」


 そう叫んだ奴がいて、安藤が俺の手から茶碗をひったくって、すぐにさっきの手順を繰り返す。


「こうやって暑さで倒れたときにも、薬になるっす」


 そう早口で言うと、安藤は起用に茶碗を持って、ひっくり返った奴のところへ走っていった。


「もう一杯もってこい」


 そう叫んだ奴がいて、別な奴が茶碗を持って俺の前に走りこんでくる。


「おい、何杯も飲ませていいのかよ」


「倒れたときは落ち着くまで飲ませていいそうです」


 それだけ言って、失礼します! と大声で言うと、そいつも走って、倒れた奴のところへ戻る。


 俺はじっと盛り塩もどきを見た。


「月水ねぇ」


 あいつ、医術の心得があったのか? 思わず首をひねる。


 それに平隊士の癖に、年下からも年上からも『宮月さん』って呼ばれてやがるよな。そういえば。


 幹部連中は大抵「先生」で呼ばれているが、そんな幹部を呼び捨てにしてやがるのもあいつぐらいか。


 妙なことを思いつつも、俺は盛り塩の正体が気になって、誰もの目が倒れた奴のところへ行ってるのを確認すると、そっと小指につけて舐めてみた。


「なんだ、こりゃ」


 甘くて、塩辛い。俺の舌がバカじゃなければ、砂糖と塩だ。


「あいつ、何やってやがる」


 そういや、今日の稽古にあいつが来てねぇな。


「おい、左之」


 今日の師範役の左之に声をかける。


「宮月が来てねぇ。後でしめとけ」


 左之もきょろきょろと見回して気づいたようだ。


「了解」


 そう言うと左之はにやっと笑った。


「月水ねぇ」


 もう一回、俺は呟いた。一体何を考えているのやら。その御利益か、はたまた根性か、とりあえずぶっ倒れた奴も回復したようだ。


「おめぇら、稽古の続きしろっ! ぶっ倒れるのは稽古が足りない証拠だ!」


 俺は一声怒鳴って、活気が戻りつつある道場を後にしたのだった。



要は、簡易スポーツドリンクです。あとはレモン汁があれば完璧ですが、果汁を入れると日持ちしないので…。

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