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Red Eyes ~ 吸血鬼の落ちどころ ~  作者: 沙羅咲
特別番外編 I I
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間章  制裁(3)

「殺さない」


「なんだって? ダメだ。アニキ。けじめが必要だ」


 なおも言い募るキーファーを宮月が一睨みで黙らせる。


「ナイフをよこして。キーファー」


「アニキっ!」


 悲鳴のような声をあげつつも、宮月が差し出した右手にキーファーはしぶしぶと持っていたナイフを渡す。


「ああ。ショーン。信じていたわ」


 レイラが抱きつこうとするのを手で制してから、宮月は囚われた男たちの一人一人に対して諦めたような笑顔を見せた。


 そして肩を叩きながら「マスターとして言わせてもらうけど、今回拾った命だから、今後は気をつけて。自分の身体を傷つけたりしないように。同じように他人に対しても…だ。これは命令だからね」なんて声をかけてやがる。


 それからデビに対して告げた。


「手錠を外して」


 ヴィクトールがやっと安心したように、詰めていた息を吐き出しニヤリと嗤った。


 思わず宮月の甘さに俺も歯軋りしたくなった。別にこいつらを殺せとは言わねぇ。だが本当に無罪放免っていうのもどうかと思うぜ。


 デビもそういう気持ちなんだろう。しぶしぶと手錠を外す。


「へへへ。そうこなくっちゃよ。マスター」


 ヴィクトールがにやりと嗤った。馬鹿にするような笑顔で宮月の野郎を抱きしめようと腕を広げる。


 その瞬間だった。宮月の身体がぶれた。いや。ぶれて見えるような素早さで動いた。


 続くドーンという何が倒れる大きな音。


 次に俺が見たのは、宮月の足元に転がっている奇怪なオブジェだった。そのオブジェが口を開く。


「な…何が…」


 宮月がかがみこんで何かをオブジェに施している。そして立ち上がって、じっと足元を見下ろした。宮月の足元にはヴィクトールが寝転んでいた。だがその姿は人間のものしては奇怪だ。


 足と手の位置がすっかり入れ替わっている。右肩からは右足が生え、左肩からは左足が生えている。足があったところには、手が生えていた。


「殺しはしない。自由にもしてあげる。命の保障はしよう。この屋敷から出て、自由に暮らしたらいい。ただし退職金は無し。ああ、元従業員ということで、今後の血液も必要だったら一割引ぐらいで話をつけてあげてもいい。ただし高いものは買えないだろうけどね」


 宮月が唇だけで嗤った。


「君の望んだ…自由だ」


 ヴィクトールが首を動かし、自分の身体を見た瞬間に絶叫した。


「ああ。もう一つ教えておいてあげるよ。さっき暗示をかけた。君たちは自分で元に戻ることはできない。それにこれだけのこと、人間じゃまず無理。一族でもできるのは…僕か、キーファーぐらいじゃないかな。普通にやろうと思うと、まあ死ぬか、もっと酷いことになるだろうね」


 それだけ言うと宮月は手にしたナイフをキーファーに戻す。


「残りの分は頼んだ。キーファー」


 キーファーの手がぶるぶると震え、頬が紅潮している。


「任せてよ。楽しいなぁ。殺さなくても、こんなに楽しいなんて…。さすがアニキ」


 凍りついたようになっている鎖につながれた男たちに、キーファーは壮絶な笑みを見せた。


「止めろ! 止めてくれっ!」


 悲鳴が上がるが、それを無視してキーファーのナイフが縦横無人に走る。あっという間に床の上に奇怪なオブジェが増えた。その傍らにレイラがへなへなと膝をつく。


「酷い…酷い…」


「レイラ」


「ここまでしなくちゃいけないの? ショーン。本当に許せないの?」


 宮月がレイラの腕をとって立たせる。


「殺さなかった。でも罰は必要だ。だから間を取った」


「間なんて。こんなの。死ぬより酷い!」


 泣きながら宮月の胸をレイラが叩く。なすすべも無くしたいようにさせている宮月が大きなため息をつく。


「一族を裏切った時点で、どのみち酷いことになるんだ。だから君には見せたくなかった」


「でも…それでも…こんなのって…」


 宮月がレイラの肩を抱いたまま、ひらひらと片手をふってメアリに合図をする。


「あとは任せた。敷地の森の奥に小屋があっただろう? あそこに放り込んで。生きていけるように最低ランクの血液は、こいつらの金で届けるように手配して」


「かしこまりました」


 宮月が床に視線を落とす。


「そうだな。最低5年はそのままでいたらいいさ。そうしたら、その先は考えてあげるよ。僕たちの寿命を考えたら、5年なんてあっという間だ」


 それだけ言うとくるりと背を向けて、泣いているレイラを引きずるようにして出ていってしまった。


 宮月の背中を見送ってから視線を部屋の中に移せば、デビやジャックがオブジェを担ぎ上げている。周りの連中は青ざめて動けなくなっている奴と、平然としている奴に分かれていた。平然としているのは、昔から一族の奴らだ。そいつらの会話が俺の耳に入ってくる。


「甘いけど…まあ、今のマスターならこんなところか」


「甘いのか? これで?」


「俺が知っている中で苛烈だったのは、先々代のマスターだな。こんなことしたら、加担した人間はおろか、関わった一族とその話を耳にしていただけの奴も、みんな根絶やしだ」


「嘘だろ」


「本当さ。ここだけの話、それを実行していたのが、今のマスターとキーファー様だからな。一族の者でも狙われたら終わりだったそうだ」


 ここだけの話っていいながら、聞こえてんぞ。


 だが今の話でようやく分かる。宮月のわけのわからない殺気。何人も殺したことがあるような眼。どこにいても天国なんてことは無いってことだ。地獄でもねぇけどな。


 俺は三々五々に去っていく一族を見ながら、やや苦いものを感じていた。


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