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Red Eyes ~ 吸血鬼の落ちどころ ~  作者: 沙羅咲
特別番外編 I I
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間章  制裁(2)

「ニコル。この屋敷の賃金は本当にそんなに低いわけ?」


 呼ばれた男、ニコルが神経質な手つきでモノクルのズレを直してから、軽く視線を逸らす。何かを計算したような間のあとで、口を開いた。


「そうですね。手取りだけ見たら低いと思います。ただ…」


 ニコルが一歩前に出て、ヴィクトールを振り返るようにして見つめる。


「この屋敷の場合は、衣食住込みですから。特に食事については、一般ルートで手に入るものではありませんし、この屋敷で仕入れているものは従業員用とはいえ一級品です。それを考えるとむしろ破格とも言えるほどの賃金と言えるかと」


 ニコルがコホンと軽く咳払いをしてから続けた。


「この住居部分については水道光熱費も込みですね。つまり生きていくために必要な部分については、すべて財団での支払いとなっています」


 財団? 俺の疑問は、皆の疑問だったらしい。皆同じようにして、怪訝な表情をしている。


 宮月の唇の両端がくっと上がる。


「そのうちに言うつもりだったんだけどね。今、財産を少しずつ整理している。僕に何かあっても大丈夫なように」


「マスター!」


 メアリが悲鳴のような声をあげた。それを宮月は片手を振って黙らせる。


「早とちりしないで。別に今すぐどうこうという話じゃない」


 レイラが落ち着かせるようにメアリの腕を優しく叩く。


「話すのが遅れてごめんなさいね。皆で話し合ったの。私たち血族の誰かに、何があっても大丈夫なように。一族を支えていけるように。一番いい形にしていこうって」


「あ…」


 メアリがほっと息をつき、その視線が宮月に向く。だが宮月はもう後ろを見ていなかった。


「だから…この屋敷の財産に手をかけるということは、一族全体の生活を脅かすってことになってしまうわ」


 レイラがゆっくりと迷うような口調で告げる。


「それで? あと僕にも文句があるって?」


 軽い笑みすら浮かべて、宮月がヴィクトールに促す。まるで気のいいお兄さんという表情だった。


 案の定、ヴィクトールは騙されたようだ。


「同族からしか搾取できない腰抜けだろ? あんた。人間が大好きだよな。人間になれなかった自分が嫌なんだろ」


 ふーん。


 そんな軽い相槌が微笑を崩さないままの宮月の唇から漏れる。


「あんたたちの事情に俺達を巻き込むな! 俺は人間のままでいたかったんだ。化け物なんてうんざりだ。この屋敷も、おまえらも、もう充分だ。俺を人間に戻せ!」


「それで?」


「俺が、いや、俺達が一生暮らせるだけのものを償え! 俺達は被害者だ! 勝手に一族に入れられ、搾取されている被害者なんだ」


 話しているうちに支離滅裂になってきやがった。


「あのさ。君たちは僕の父の…先代のときに一族に加わった人たちだよね?」


 静かな宮月の口調に、激昂していたヴィクトールの表情が、我に返ったように改まる。


「ああ、そうだ」


「一族に加わるにはいくつか条件がある」


 宮月がゆらりと立ち上がった。


「ここにいる誰もがそうだけれど…自分で望まなければ一族には入れない。君は望んだはずだよ。一族に加わることを」


「違うっ! 俺は生きたかっただけだ。一族に加わるなんて思ってなかった」


「ということは、死にそうになっていたということだ。本来は助からなかったところを助けてもらったということだよね」


「助かる代償がこんなことだったら、望むものか! 化け物になってまで生きたいなんて思うものかっ」


「なるほど。だったら死ねばよかったのに」


「馬鹿言うなっ。俺は人間として生きたいんだ」


「人間としての君の生は終わったんだ。君が一族に入ったときにね。そして一族には一族のおきてがある」


 宮月のヴィクトールに向けられた視線が強くなる。さっきまでの凪いだような眼じゃねぇ。怒りを含んだ眼。首筋がちりちりとしてくる。


「強盗にせよ何にせよ、やるならば自分たちだけでやれば良かった。いや。文句があるならば出ていっても良かったんだ。そうやって生きている一族は多くいる。何もこの屋敷だけが生きる場所じゃない」


 一歩。宮月が前に出た。怯えるようにヴィクトールが一歩下がる。


「人間に襲わせて、あれだけの人数がここで死んだら…大騒ぎになる。それに一族の財産に手をつけて、自分たちだけがのうのうと生きていく気か?」


 口調は静かなのに、威圧感だけが大きくなっていく。


「別に僕自身は人間になりたいなんてこれっぽっちも考えたことがない。人間が大好きってわけでもない。どうでもいい。ただ人間との摩擦をさけるのは当然だ。僕らの存在が認識されたら、歴史の繰り返しだ。魔女狩り、悪魔狩り。人間はなんでもやることは歴史が証明している」


 いまや完全に宮月の顔から笑みは消えていた。だが怒りも殺気も感じられない。何か静かな威圧感だけがある。それが皆に底知れない怖さを与えていた。


「君は僕ら一族全員を窮地に陥らせるつもりか」


 宮月の言葉に、ギラリとキーファーがナイフを光らせる。ヴィクトールの目に初めて怯える色が宿った。


「悪かった。そんなことを考えてなかった。すまない。もう二度としない」


「一族への裏切りは許されない。二度目はない」


 命乞いに返事をしたのはキーファーだ。


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