間章 裏と表
-------- フレッド視点 -------------
真夜中の枕元で電話が鳴った。この電話がこんな時間に鳴るのは、よほどの緊急事態か、または時差がある国からかけてきているか。腕の中でもそもそと動いたキーファーに寝ているように言って、枕元の電話を取る。
「もしもし。キーファー?」
流れてくるのは涼しげな声。とたんにキーファーが飛び起きて、俺の手から受話器をひったくった。
「アニキ? 電話をくれるなんて珍しいじゃん」
「ああ。ちょっと困ったことがあってね」
耳がいい一族ならではのこと。受話器を奪い取られた俺の耳でも充分に電話の向こうのマスターの声が聞こえる。
「困ったこと?」
「裏切り者が出た」
とたんにキーファーの纏う空気が凍る。
「誰?」
声が1オクターブは低くなった。
「屋敷の使用人。父さんが最後に大勢眷属にしたことがあったろう? あれの一部だね。事前情報もあったし、一網打尽に捕らえはしたから。心配しなくても大丈夫」
「それで? どう裏切った?」
「屋敷に窃盗団を手引きした。まあ、デイヴィッドたちが庭先で防いだけどね」
「許さないよな?」
キーファーの確認に応えて、大きなため息が聞こえてくる。
「許すわけにはいかないだろうね。僕個人を狙ったならまだしも。屋敷を襲わせるっていうのはね」
「アニキ、それは逆だ。屋敷にはアニキが居たんだから」
「僕はそうそう殺されないよ。それに今回は窃盗目的だ」
「そういう問題じゃないっ」
キーファーは癇癪を起こしたように叫んだ。
「わかった。俺が行く」
「あ…いや。今回は僕が…」
「アニキ。ダメだ。決めただろう? アニキは表。俺は裏。これは狩人である俺の仕事だ」
「そうかもしれないけど…キーファー。ことは穏便に」
「穏便にしない。アニキに危害を加えようとしたら、どうなるか。俺が見せてやる」
「いや。ちょっと待って。フレッド。そこにいるんだろ?」
とたんにキーファーが悲鳴をあげる。
「なんでそこでフレッドを呼ぶのさ!」
「いや。いいから。電話を代わって」
俺はため息をついて、横から口を出した。
「代わらなくても聞こえています。マスター」
「キーファーを止めてくれ」
「お断りします」
「フレッド。まさか君まで」
俺の言葉にキーファーはわが意を得たりと言うように頷いてみせる。俺も頷き返した。
「マスター。組織をきちんと維持するためにはルールが必要です」
「いや。組織って、そんな大げさな」
「アニキ。大げさじゃない。組織の頭を狙うなんて、制裁が必要だ」
「ちょっと待って。僕が狙われたわけじゃない」
「狙われたも同然です。マスターがいた屋敷なのに人間を先導して襲わせたんです。許してはダメです」
「そうだよ。俺が見せしめてやる。じっくりと」
「いや。ちょっと待て。二人とも」
キーファーが大きくため息をついた。
「なんでアニキは止めるんだよ。昔だったら、どんどん殺したじゃん」
「昔はそうかもしれないけれど、僕だって考えるところはあるんだよ」
「でもそのままにはしておけない。そのままにしたら、第2、第3の裏切り者が出る。そしてアニキが手を下すのは反対だ。アニキは当主だ。だから俺がやる」
「キーファー」
「すぐにうちの一族のものを集めて、イギリスに向かいます。チャーター機ならすぐですよ」
「一族のものを集めてって…大掛かりになるじゃないか」
「裏切り者は一人じゃないでしょう?」
俺の言葉にマスターが言葉を詰まらせた。ビンゴ。
「大丈夫です。ネズミ一匹たりとも逃さずに制裁を加えます」
「見ている連中は、絶対に裏切りたくないっていう気持ちになるように殺してやるよ」
「キーファー。そんなことをしたら、君に一族の負の感情が向く」
キーファーはマスターの困ったような声音に、くっと顎を上げた。その瞳が細められる。
「アニキ。これだけはアニキの言うことを聞けない。一族の負の感情なんてクソくらえだ。俺はアニキだけが無事ならいい。アニキを誰も貶めようとしないのがいい。だがら俺はやる」
「僕のことを想ってくれるのはありがたいけれど…」
マスターの声を聞いているうちに、俺は一つ思い出したことがあった。
「マスター。眷族はマスターと命を共にする。そうですね?」
「そうだけど」
「眷族の命が失われるときには、マスターに何らかのフィードバックがある」
キーファーが息を飲んだ。
「まあね」
マスターの苦笑した声が受話器から届く。
「であれば、長引かせないように殺しましょう」
「フレッド…」
「考えるよ。アニキ。見せしめになるような、それでいて短時間で済む殺し方。数分は我慢してもらうかもしれないけど。絶対に長引かせない」
「はぁ。わかった。任せる」
諦めたようなマスターの声。俺とキーファーは視線を交わした。
「任せて。アニキ」
「お任せください」
簡単に打ち合わせをして電話を切る。
俺はすぐさま、組織の中にいる一族のものを呼び寄せるために、また受話器を持ち上げた。キーファーは、ばさりとベッドから出ると、惜しげもなくその綺麗な裸体を晒してバスルームへと向かう。
「できるだけすぐに出発する。お前も連絡が終わったら身支度を整えろ」
普段では聞くことが出来ないような低い声だ。その声が彼の怒りを表していた。よっぽどマスターを襲撃されたことが頭にきたのだろう。
「了解」
俺は短く応えて、覚えている番号に次々と連絡を取り始めた。




