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Red Eyes ~ 吸血鬼の落ちどころ ~  作者: 沙羅咲
特別番外編 I I
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間章  裏と表

-------- フレッド視点 -------------


 真夜中の枕元で電話が鳴った。この電話がこんな時間に鳴るのは、よほどの緊急事態か、または時差がある国からかけてきているか。腕の中でもそもそと動いたキーファーに寝ているように言って、枕元の電話を取る。


「もしもし。キーファー?」


 流れてくるのは涼しげな声。とたんにキーファーが飛び起きて、俺の手から受話器をひったくった。


「アニキ? 電話をくれるなんて珍しいじゃん」


「ああ。ちょっと困ったことがあってね」


 耳がいい一族ならではのこと。受話器を奪い取られた俺の耳でも充分に電話の向こうのマスターの声が聞こえる。


「困ったこと?」


「裏切り者が出た」


 とたんにキーファーの纏う空気が凍る。


「誰?」


 声が1オクターブは低くなった。


「屋敷の使用人。父さんが最後に大勢眷属にしたことがあったろう? あれの一部だね。事前情報もあったし、一網打尽に捕らえはしたから。心配しなくても大丈夫」


「それで? どう裏切った?」


「屋敷に窃盗団を手引きした。まあ、デイヴィッドたちが庭先で防いだけどね」


「許さないよな?」


 キーファーの確認に応えて、大きなため息が聞こえてくる。


「許すわけにはいかないだろうね。僕個人を狙ったならまだしも。屋敷を襲わせるっていうのはね」


「アニキ、それは逆だ。屋敷にはアニキが居たんだから」


「僕はそうそう殺されないよ。それに今回は窃盗目的だ」


「そういう問題じゃないっ」


 キーファーは癇癪を起こしたように叫んだ。


「わかった。俺が行く」


「あ…いや。今回は僕が…」


「アニキ。ダメだ。決めただろう? アニキは表。俺は裏。これは狩人(ウェーナートル)である俺の仕事だ」


「そうかもしれないけど…キーファー。ことは穏便に」


「穏便にしない。アニキに危害を加えようとしたら、どうなるか。俺が見せてやる」


「いや。ちょっと待って。フレッド。そこにいるんだろ?」


 とたんにキーファーが悲鳴をあげる。


「なんでそこでフレッドを呼ぶのさ!」


「いや。いいから。電話を代わって」


 俺はため息をついて、横から口を出した。


「代わらなくても聞こえています。マスター」


「キーファーを止めてくれ」


「お断りします」


「フレッド。まさか君まで」


 俺の言葉にキーファーはわが意を得たりと言うように頷いてみせる。俺も頷き返した。


「マスター。組織をきちんと維持するためにはルールが必要です」


「いや。組織って、そんな大げさな」


「アニキ。大げさじゃない。組織の頭を狙うなんて、制裁が必要だ」


「ちょっと待って。僕が狙われたわけじゃない」


「狙われたも同然です。マスターがいた屋敷なのに人間を先導して襲わせたんです。許してはダメです」


「そうだよ。俺が見せしめてやる。じっくりと」


「いや。ちょっと待て。二人とも」


 キーファーが大きくため息をついた。


「なんでアニキは止めるんだよ。昔だったら、どんどん殺したじゃん」


「昔はそうかもしれないけれど、僕だって考えるところはあるんだよ」


「でもそのままにはしておけない。そのままにしたら、第2、第3の裏切り者が出る。そしてアニキが手を下すのは反対だ。アニキは当主だ。だから俺がやる」


「キーファー」


「すぐにうちの一族のものを集めて、イギリスに向かいます。チャーター機ならすぐですよ」


「一族のものを集めてって…大掛かりになるじゃないか」


「裏切り者は一人じゃないでしょう?」


 俺の言葉にマスターが言葉を詰まらせた。ビンゴ。


「大丈夫です。ネズミ一匹たりとも逃さずに制裁を加えます」


「見ている連中は、絶対に裏切りたくないっていう気持ちになるように殺してやるよ」


「キーファー。そんなことをしたら、君に一族の負の感情が向く」


 キーファーはマスターの困ったような声音に、くっと顎を上げた。その瞳が細められる。


「アニキ。これだけはアニキの言うことを聞けない。一族の負の感情なんてクソくらえだ。俺はアニキだけが無事ならいい。アニキを誰も貶めようとしないのがいい。だがら俺はやる」


「僕のことを想ってくれるのはありがたいけれど…」


 マスターの声を聞いているうちに、俺は一つ思い出したことがあった。


「マスター。眷族はマスターと命を共にする。そうですね?」


「そうだけど」


「眷族の命が失われるときには、マスターに何らかのフィードバックがある」


 キーファーが息を飲んだ。


「まあね」


 マスターの苦笑した声が受話器から届く。


「であれば、長引かせないように殺しましょう」


「フレッド…」


「考えるよ。アニキ。見せしめになるような、それでいて短時間で済む殺し方。数分は我慢してもらうかもしれないけど。絶対に長引かせない」


「はぁ。わかった。任せる」


 諦めたようなマスターの声。俺とキーファーは視線を交わした。


「任せて。アニキ」


「お任せください」


 簡単に打ち合わせをして電話を切る。


 俺はすぐさま、組織の中にいる一族のものを呼び寄せるために、また受話器を持ち上げた。キーファーは、ばさりとベッドから出ると、惜しげもなくその綺麗な裸体を晒してバスルームへと向かう。


「できるだけすぐに出発する。お前も連絡が終わったら身支度を整えろ」


 普段では聞くことが出来ないような低い声だ。その声が彼の怒りを表していた。よっぽどマスターを襲撃されたことが頭にきたのだろう。


「了解」


 俺は短く応えて、覚えている番号に次々と連絡を取り始めた。



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