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Red Eyes ~ 吸血鬼の落ちどころ ~  作者: 沙羅咲
特別番外編 I I
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間章  難攻不落(2)

「えっと…トシ…おはよ?」


 女の子がおぼつかない口調で土方さんに向かって挨拶する。


「おはよじゃねぇよ。今は夜だ」


「じゃあ、こんばんは」


「おめぇな」


 わたしの後ろに隠れていた女の子が立ち上がった。困ったような顔で土方さんを見ている。


「えっと…知り合い?」


 わたしが訊けば、土方さんの視線が泳ぐ。視線を移せば、デイヴィッドさんはニヤニヤ笑っていて、ジャックさんも片頬が緩んでいた。


「こいつは…その…なんだ。まあ、そういうことだ」


「そういうこと?」


 じっと見ると、女の子の耳も少し赤くなっている。そこまで言われて、ようやく思い出した。そうだ。前に言ってた。


「あ…。ルイーズさん。土方さんが迎えに行った人?」


「おう」


「わたし…わたしより年上の人だと思ってた」


 思わずマジマジと見てしまった。どうみてもわたしよりも年下の女の子。


「えっと…ロリコン?」


「おいっ」


 とたんにデイヴィッドさんが吹き出す。


「言うわね~。アヤノ」


「あ、ごめんなさい」


 うっかり口に出しちゃった。


 土方さんが舌打ちする。


「なんとでも言え」


 わたしは土方さんの返事は聞き流して、くるりと振り返った。


「どうしてさっき、泣いていたの?」


「えっ。えっと…。な、泣いてない」


「そうなの?」


 でも今もうっすらと残る涙のあと。


「おめぇ、泣いてたのかよ」


「泣いてない」


 土方さんが即座に否定した彼女をじーっと見ていると、彼女は俯いてもじもじし始めた。


「だ、だって…トシはいつもいないし。誰も知っている人がいないし…。することないし…。なんか私…邪魔だなって思ったら…辛くなっちゃって」


 土方さんが大きくため息をついた。


「おめぇが邪魔だったら、わざわざ迎えに行くか? あんな戦場のど真ん中まで」


「それはそうだけど」


「しかも死に掛けてんのを、治して連れ帰ってくるか?」


「それもそうだけど」


「しかもどこにも行きたくねぇって言うから、おめぇの代わりに買い物なんかしてくるか? この俺が?」


「そうだけど」


「わかってんならくだらねぇこと言ってんじゃねぇよ」


「で、でも…。トシ、ここへ来てから何も言ってくれないし」


「何もってなんだよ」


「あの…だって。気持ちとか…」


「ああん?」


 土方さんが聞き返した瞬間に、女の子が真っ赤になって俯く。そしてポツリと呟いた。


「好きとか…言ってもらってない」


 それはわたしたち一族の耳なら充分に聞こえる大きさで…。とたんに大きな音で、ごまかすように土方さんが咳払いをした。デイヴィッドさんとジャックさんは面白そうに見守っていて、わたしも何も言えなくなってしまった。


「おめえな」


「だって」


「言わなくたってわかるだろうが」


「わかんないもん」


「本気でわかんねぇのかよ」


「そうじゃないけど…。でも…」


 言い争っている二人を困った気持ちでみていたら、デイヴィッドさんが親指で後ろを示した。置いてこの場は逃げちゃおうってことみたい。でも…。わたしは地面を指差して見せた。


 そのジェスチャーを見て、デイヴィッドさんが両手を広げて口を開けた。どうやら忘れていたみたい。デイヴィッドさんは、ぽりぽりと頭をかいた後で、しぶしぶという感じで土方さんに話しかける。


「あの…。お取り込み中のところ、悪いんだけど、そいつらを運ばないといけないから。あとでゆっくりやってくれないかしら」


 我に返った土方さんを押しのけて、デイヴィッドさんとジャックさんが地面に横たわっている男たちを拾い上げた。両手に1人ずつ。


「あの…わたしも手伝ったほうがいいかも?」


「それは…あんまり見たくない光景だから、お断りするわ」


 デイヴィッドさんが苦笑する。でもきっとわたしが一番力持ちなんだよね。いいのかな? それに…。


「あの…他にもいるなら、わたしも手伝います」


 わたしの言葉にデイヴィッドさんがにやりと嗤った。


「大丈夫よ。ここが最後。この屋敷は私たちが守っているのよ。人間ごときに破られるもんですか。庭先までは入れても、その先はムリよ」


 後ろで自信ありげにジャックさんも頷いている。


「いろんなセキュリティが施してあるから、軍隊でも引き連れてこない限り、この屋敷を制覇するのはムリね」


「それもかなり訓練された軍隊を一個大隊はつれてこないとムリだ」


 ジャックさんまでが言う。なんでこのお屋敷、そんなに守られているの?


 ずりずりと音がしてその方向を見ると、残った一人を土方さんが担ぎ上げていた。


「おめぇは、そいつのこと、頼む」


 ちらりとみた視線の先には女の子。


「ルイーズ。とりあえず話は後だ。こいつらをどうにかしちまうから。おまえは宮月の妹と一緒にいろ」


「で、でも…」


 困ったような女の子の両手をわたしは握った。


「大丈夫。一緒にいよ? わたしも一人でつまんなくて散歩してたの」


「え? そうなの?」


 気づけば土方さんたちは屋敷の方へ歩き始めていた。ちらりと見てから、もう一度彼女に視線を移す。心細い気持ちって良くわかる。それに人間じゃないって分かったときの気持ちとか。不安とか。だから…。


「ね。わたしたち、友達ね」


 わたしがそう言えば、彼女の大きな目がさらに大きくなる。


「友達? いいの?」


「うん。だってこのお屋敷でお友達っていなくて、わたしも寂しかったの」


「あっ」


 とたんに、彼女はまずいことをしたというように、両手で口を覆った。


「私…ごめんなさい。失礼なことを」


「え?」


「だって…アヤノは…ううん。アヤノさんはプリンセスでしょ?」


「プリンセス?」


「この屋敷で、マスターとその家族の方には失礼が無いようにって」


 慌てて手を振って打ち消した。


「そ、そんな凄いものじゃないよ。わたしたち」


「で、でも…失礼があったら、殺されるかも…って」


「え? えーっ! 無い。絶対無いよ。大丈夫」


「そうなの?」


「わたし、絶対にそんなことしない。ううん。わたしだけじゃない。お兄ちゃんだって、レイラちゃんだって。クリスタルさんも、ザックおじさんも」


 そこで一人、頭によぎる。あの人のことは良く分からない。わたしたちのいとこ。キーファーさん。


「えっと…キーファーさんも…きっと…多分、大丈夫。あ、でももしもそんなことになったら、絶対にわたしが助けてあげる!」


 うん。もしもわたしよりも強かったら、お兄ちゃんに助けてもらおう。お兄ちゃんなら、絶対に大丈夫。それに総司さんもいれば、鬼に棍棒だよね。


 あれ? なんか違う? 鬼になんだっけ…えっと。鬼にバットみたいな、なんかそんなの。わたしの思考がどっかへ行きかけたところで、ルイーズがわたしに抱きついてきた。


「ありがとう。アヤノ。私、トシに話を聞いていたときから、アヤノに会ってみたかったの」


「え? そうなの? どうして?」


「だって、お人形みたいに綺麗なのに剣が強いんでしょ? それとソージとのラブロマンスも凄く素敵だった」


 一体…土方さんはどういう話をしたんだろう?


「ね。せっかくだからお部屋でゆっくりとお話しない?」


 誘えば、ルイーズが嬉しそうに笑う。


「いいの?」


「もちろん!」


 土方さんの彼女。かわいい人だな。そして思い出す。そう。鬼に金棒。鬼の副長だった土方さん…彼女が並ぶと…鬼に綿菓子?


 わたしたちは話を続けながら、ゆっくりと屋敷へと戻っていった。


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