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Red Eyes ~ 吸血鬼の落ちどころ ~  作者: 沙羅咲
特別番外編 I I
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間章  故郷の味

------------- トシ視点 ---------------


 デイヴィッド、デビが妙なことを言いやがった。日本人のジャーナリストから聞いたそうだ。気になって仕方がねぇが、奴も詳しいことは教えてもらえなかったらしい。仕方なく考えるが、俺もわからねぇ。


 鍛錬場所にしている裏庭に行けば、総司が刀を振っていた。こいつ、イギリスに来てもぶれねぇな。こいつが知っているかどうかは分からねぇが、俺よりも現代日本とやらに詳しいだろうと踏んで、稽古が終わるのを見計らって声をかけた。


「おい。総司。テケジーって知ってるか?」


 汗を拭きつつ総司が怪訝な顔をする。


「聞いたことないですね。何語ですか?」


「わからねぇ。なんでもデビが日本人のジャーナリストから聞いた言葉らしい。日本人が懐かしがる味だとよ。日本人なら誰でも好きな味らしい」


「テケジー。伝言されるうちに変わってしまったとか。タケジとか」


「タケジって人の名前だろ。それだったらシメジのほうが近くねぇか?」


「シメジが好きな味っていうのも、聞いたことが無いですね」


 ポンと何かを思いついたように、総司が手を叩いた。


「何かの頭文字かもしれません。現代日本だと、いろんなものが略されますから」


 なるほど。そりゃあるかもしれねぇな。そういや電車の中で会話を聞いていたら「優しいばあちゃん」を「ヤサバー」って略していやがった女子高生がいたな。


「手もみ削り節…ジーが出ませんね。ジャム」


「いや。それはどう考えても旨そうに思えねぇぞ」


「では…手作り毛がにジャム」


「どんなジャムだ。それ。ジャムから離れろ」


「うーん。天ぷら、けんちん汁、じ…じ…自然薯」


 なるほど。料理の名前かもしれねぇな。


「お手上げです」


 しばらく考え込んだのちに、総司は首を振った。


「仕方ねぇ。宮月に聞いてみるか」


「いえ。そこは彩乃だと思います。俊は物事をよく知っていますけれど、元を正せばイギリス人ですよ?」


「そいつもそうか」


 俺たちは肩を並べて、彩乃の元へ向かった。この時間、彩乃は表のほうの庭園にいることが多いらしい。


「花が咲いて、ロマンチック、なんだそうです」


 総司がそんな風に説明した。確かに花に囲まれた庭園用の椅子に座り、テーブルの上に茶器を出して飲んでいる姿は様になっていた。彩乃は俺らに…というか総司にだな、気づいて嬉しそうに手を振ってきた。


「総司さん、稽古は終わったの?」


「ええ。軽く素振りしただけですから」


 俺が視線をやれば、身をすくめるようにして縮こまる。変わらねぇなぁ。こいつは。幕末も今も俺の視線に怯えやがる。


「おう。テケジーって知ってるか?」


 そこで俺はもう一度、デビから聞いた話を繰り返した。パチパチと彩乃の長いまつげが上下する。しばらく呆けたように俺を見ていたが、ぱっと表情が変わって、ポンと両手を打ちつけた。


「あっ! それはテケジーじゃなくて、TKGじゃないですか?」


「あー。そうかもしんねぇな。それだったら分かるのかよ」


「はい。わかります」


「おっ。分かるんだった教えろよ」


 デビの野郎も知りたくて俺に聞いたクチだ。分かればそれに越したこたぁねぇ。


「それ、卵かけご飯です」


 はぁ? なんでそれがTKGなんだよ…といいかけて、理解した。英語に変換せずに音だけで文字に変換したってことか。


「ああ。Tamago Kake Gohanですか」


 隣で総司が脱力して、彩乃の隣の椅子に座り込む。呆れた表情だ。


「一体、どんな料理だ?」


 尋ねれば、彩乃がおどおどとした視線を総司に送った。それを受けて総司が説明してくる。


「ご飯に生卵と醤油をかけて、食べるんです」


 おい。生卵って、そんなもん、食べて大丈夫なのかよ。


 俺の言いたいことは伝わったらしい。奴がすぐさま説明し始める。


「現代日本では、生で食べた際に病気にならないように、卵を洗浄してから販売しているそうですよ」


「なんだそりゃ」


「私も最初食べさせられたときには驚きました。生で卵を食べるなんて非常識だと思ったんですが、調べてみたら私たちが知らなかっただけで、幕末あたりから食べる人が出始めた料理だったらしいです」


 総司の腕に身を隠すようにしながら(隠れてねぇけどな)、彩乃が俺を見上げてくる。


「卵かけご飯は、日本人のソウルフードなんです」


 お前、それ、意味分かっていて言ってんのかよ。俺と同じことを総司も思ったらしい。


「彩乃。soul food といえば、アメリカ南部のアフリカ系アメリカ人の食べ物を指すらしいですよ。俊がテレビを見ながら首をひねっていました」


「え? でも日本だと、なんていうか。大事な食事? みたいな?」


「だからなんで疑問形なんだよ」


「でも。でも。美味しいもん」


 彩乃がさらに総司の腕に隠れるように、総司を引っ張りつつ俺に精一杯主張してきた。総司が彩乃のほうへ倒れていやがる。相当な力でひっぱってんな。総司だし大丈夫だと思うが、普通の人間にやったら腕が外れるぞ。


「旨いのか」


 俺が聞けば、総司は頷いた。


「あれは美味しいですね。醤油の味と卵の黄身がなんとも言えず」


「よし。食ってみるか」


 総司が目を丸くする。


「ここ、イギリスですよ?」


「分かってるって。そんなこった。お前、俺たちが卵ぐらいで病気になるわけねぇだろうが。幸い、米も醤油も卵もある。あとは米を炊くだけだ」


 呆れたように俺を見た総司が、相好を崩した。


「そうですね。病気を心配しなくていいから、ここでも食べられますね」


 俺はにやりと嗤って台所へと足を向けた。今晩のデビたちの驚きが目に見えるようだぜ。


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