第6章 政変…のはずですが(2)
朝稽古が終わって、食事が終わって、洗濯物を干して。
そうしていたら、凄い匂いがし始めた。ああ、肥溜めを取りに来たんだな~とわかる。
この時代のトイレっていうのは、穴が開いていてそこに溜める。木組みの和式便所の下を覗きこむと、まあ、溜まっているのがわかるわけで…。あんまり見ないようにしてる。
それを汲み取りに来る人がいるわけだ。実はこれ、売ってるんだよね。人糞は農地の肥溜めと言われる、地中に埋めた桶に入れて、腐らせて肥料にする。
だから家々のトイレを回って、人糞を買っていく人たちがいるんだよ。食生活が豊かそうな武家屋敷とかそういうところは、高値で売れる。溜めてあったものが取り払われるし、向こうはそれで肥料を得るし。凄いシステムだよね。
濃度によって払われる費用も違うらしくて、尿は別にするのがいいらしい。男子便所はいいんだけど、女子便所はどうしてるんだろう? さすがに彩乃には聞けない。
まあ、そのうちわかる…かな?
売れるといえば、かまどの灰も売れる。これも肥料になる。だから灰を買い付ける人も現れる。紙くずも大事な資源だから、とことん使い古して(真っ黒になるまで使う)それから屑屋さんに売る。
現代からは考えられないぐらいエコだ。
肥溜めの匂いがするけど、でも排気ガスのにおいはしない。工場もないから空気汚染はない。たまに埃っぽいぐらいで、空気は綺麗だ。
そうそう。車の通る音がしないから、全体的に静かなんだよ。夜なんて、人工物の物音は一つもしない。虫の鳴き声と、ふくろうと、たまに猫とか犬とか。ドキドキするぐらい静かだ。人のいびきもよく聞こえる。
そういえば昔はそうだったな~とか思い出したんだけどね。いつの間にか車社会になれちゃったな。
草の匂い、木の匂い。雨が上がった後の土の匂い。
そういうもので満ちていた時代があったのに、いつの間にか忘れてしまっていた。そんなことを考えながら、干し終わった洗濯物をぼーっと見ていたら、後ろから声をかけられた。
「宮月」
斉藤だ。
「何?」
僕が顔だけ振り返ると、斉藤は顎をしゃくって、道場のほうを指した。
「ちょっと来い」
何? 呼び出し? 怖いなぁ。




