間章 練習
-----------トシ視点-------------------
「How do you do.」
「あうどーどー」
「違います。How do you do.」
「あうどうーどうー」
はぁ。ばあさんから大きなため息が漏れる。ばあさんって言うと怒られるんだよな。メアリだ。メアリ。泣きそうな顔で下手な英語を喋っているのはルイーズだ。
「Hello.」
「ふろー」
はぁ。またため息。
「まあ、そのぐらいにしといちゃどうだ」
俺がそう言ったとたんに、ギロリと睨まれた。
「この屋敷にいる以上、英語ぐらいは喋れてもらえないと困ります」
「まあ、そうだけどよ」
って、俺とこのばあさんが喋っているのは日本語だ。俺の英語よりも断然、ばあさんの日本語の方が上手い。
「ミスター土方」
「おう」
「あなたも一緒に練習をなさったらいかがですか?」
やべ。矛先がこっちを向きやがった。
「いいんだよ。言葉なんてもんは通じりゃいい。…と宮月も言ってたぜ」
宮月の名前を出せば、ばあさんはさらに嫌な顔をする。
「前々から思っていましたが」
「なんだよ」
「あなたはマスターに対して無礼ではありませんか」
「そうか? あいつが良いって言ってんだ。いいだろうが」
「日本人は目上のものを尊ぶ風潮があると聞きましたが」
「仕方ねぇだろうが。あいつに会ったときには、まさかあいつの方が年上だなんて思っても見なかったんだからよ。染み付いちまったもんは仕方ねぇんだよ」
「では私に対してのその言葉遣いはどうなんですか?」
「うっ」
思わず黙り込めば、じーっとばあさんがこっちを見てくる。なんか言わないとヤバイな。
そのとき、コンコンと軽いノックの音と共にドアが開いた。黒髪のすらりとした背の高い男が現れる。噂をすればなんとやら。宮月だ。
「Mary, you should take things as they are and be happy.(メアリ。キミは事態をあるがままに受け止めるべきだよ。そうすれば幸せだ)」
「Master. あなたがそんなだから規律がどんどん乱れるんです」
「規律なんてどうでもいいよ。それよりもお茶にしない? レイラがクッキーを焼いたんだ。それにミントとレモンバームが良い感じに育ってね。お茶にはぴったりだ」
意味ありげにルイーズにウィンクをすると、宮月は庭で待っていると言い置いて去っていってしまった。
思わず残された三人で顔を見合わせた後でため息が零れる。
「もう少し当主らしくなっていただかないと…」
「いいんじゃねぇか? あいつはあれで」
「それよりも話が逸れました。あなたの言葉遣いは…」
「あ~。ルイーズ行こうぜ。宮月が待ってる」
「え? ト、トシ?」
さっさとルイーズの腕を取ってドアを抜ければ、慌てたようにルイーズがメアリのほうを振り返った。
「え、えっと…れ、っと…れっと…ごー。とーがーざ。」
Let's go together. って言いたいのな。
ちなみに俺とルイーズが喋っているのは、ルイーズの国の言葉と英語のちゃんぽんだ。まあ、通じればいいんだよ。通じれば。
ついでに言うならば、宮月の野郎はルイーズの国の言葉まで喋れるらしい。一体あいつは何ヶ国語喋るつもりだ?
ルイーズとは簡単な意思疎通だけで、複雑な話はできねぇとか言っていたが、それで充分じゃねぇか。俺なんかもっと適当だぜ?
「おい。ばあさん。一緒に行こうぜ」
俺が日本語で言ったとたんに、ばあさんの表情が曇った。
「私は『ばあさん』ではありません!」
「すまん。すまん。メアリさん。とりあえず宮月を待たせちゃまずいだろ?」
こういうときには宮月の名前を出すに限る。このばあさん、すこぶる宮月には甘い。こうして俺達は騒ぎながら庭へと向かっていった。




