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Red Eyes ~ 吸血鬼の落ちどころ ~  作者: 沙羅咲
特別番外編 I I
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間章  迎え(2)

 仏でも神でもご先祖様でもいい。誰かが助けやがれ。俺の願いも虚しく、こぽりとルイーズの喉から嫌な音が漏れた。そのときだ。


「あ~。酷いね。傷が」


 聞き覚えのある声に、思わず三人して振り返る。


「みやっ。おまっ。なっ」


「マスターっ!!」


「Damn it!」


 振り返った先にはジーンズにストライプのシャツ。おまけに麻のジャケットか? まるで都会のキャンプ場にでもやってきたような軽装の宮月がいた。幻か? いや。本物だ。感謝だ。仏でも神でもご先祖様でもいい。こいつを連れて来たやつに礼を言ってやるっ。


「宮月! コイツを助けてくれっ」


 俺の声にかぶせるように、デビが悲鳴のような声をあげた。


「そんな格好で、こんなところで、何しているのよっ!」


 慌ててデビとジャックが宮月の周りに走り寄ったのを、奴は犬でも追っ払うように片手を振って、俺のほうへと軽い足取りで歩いてくる。


「いいから。トシ、その彼女?」


「ああ。ルイーズだ。コイツを頼むから」


 俺に片手を上げることで皆まで言わせずに、奴がそばでしゃがみこむ。視線はルイーズに向いていた。


「ルイーズ。初めまして。時間がないから手短にやるよ。君は…僕たちの一族に加わる気持ちがある?」


 ルイーズが口を開こうとしたのを、宮月は片手を挙げてとどめた。


「喋らなくていい。あるなら頷くなり…難しかったら、目をぎゅっと瞑って」


 ルイーズが力を入れて目を瞑った。


「分かった。じゃあ…」


 そこからはお決まりの儀式だ。宮月が腰に差してあったナイフで自分の指を傷つけて血を出し、ルイーズに飲ませる。そしてルイーズの腕の傷から血を指ですくって舐める。


 奴が自分の名前をルイーズに言わせようとしたが、ルイーズの声はもう出せない状態になっていた。だが奴はルイーズに告げた。


「僕の言うことを頭の中で繰り返して。それで多分…儀式は成立するはずだ」


 はず? はずだ? 成立させやがれ。畜生! そう叫びたいが、ルイーズが必死に声の出ない唇を動かしているのを見て、俺は何もできなかった。頼むから成功させてくれ。こいつの命を奪わないでくれ。


 しばらくしてルイーズの身体がガタガタと震え始めた。俺がきっちりと抱きしめたところを、宮月に奪われて地面に寝かせる。仕方なく残った左手を握り締めた。


「ジャック。彼女の腕を」


 宮月に促されてジャックが差し出したルイーズの右腕は、奴が支えて元に位置に戻す。驚いたことに足りなかった骨と肉は、補足されるようにして構築された。


「へぇ。こんな風に復活するんだね」


 これは宮月も知らなかったらしく、驚いて目を丸くしていやがる。腕が繋がったのを見て俺は安堵の息を吐いていた。間に合った。ルイーズの命が消える前に、間に合った。


 暫くしてルイーズの震えが止まった。大きな目をいっそう見開いて、ぱちぱちと瞬きをした。俺の顔を見てから宮月に視線を移す。


「一族へようこそ。喉が渇いていると思うけれど…その前に撤収かな」


 宮月は、そう言ったとたんに俺たちの頭の上、壁の残骸の向こうに向かって銃をぶっ放した。俺たちの耳に人間の絶命する声が届く。振り返れば、撃たれた人影が倒れたところだった。なんだ? こいつ、壁の向こうの存在に気づいていやがったのか? なんて奴だ。


「はい」


 なんでもないことのように、宮月が今撃った銃をデビに差し出した。デビが慌てて腰に手をやれば、銃が消えている。


「いつの間に…」


「これぐらいの芸当はできるよ。伊達に僕だって二つの世界大戦を潜り抜けていない。殺気だってビンビン感じたしね」


 にっと嗤う奴の顔は頼もしいぐらいだ。俺には後光でも差しているじゃねぇかと思えるぐらいだ。ルイーズを救い、戦場でこの格好で銃をぶっ放すとは、恐れいったぜ。思わず両手で拝みかけたところで、奴が口を開いた。


「行こう。また敵が来ると厄介だしね。今の銃声は聞こえたと思うし」


 宮月が俺たちに背を向けて、片手で来るように合図をしたとたんに、走り始めた。


 いつかのようにルイーズを両腕に抱いたまま、宮月の背中を追って走る。俺の後ろにはジャック。デビは宮月を追い抜いて先頭を走っている。護衛の意味もあるんだろう。俺は腕の中のルイーズの重さをありがたく思いながら、奴の背中に続いて走っていた。


 暫く走って戦場から離れジープを拾う。ジャックの運転にデビが助手席だ。俺たちは後ろに3人で乗り込んだ。


「北東へ向かって」


 宮月の指示で、ジャックが車を走らせる。見晴らしも良く、誰も居ないであろう場所に出たところで車を止めた。


「ここまでくれば大丈夫だと思うけれど…頭上には警戒が必要ね」


 デビの言葉を聞いて、宮月が携帯電話を取り出す。


「レイラ? 今、僕らがいる位置、わかる?」


「ええ。大丈夫よ」


 電話の向こうから聞こえる女の声。


「周りは? 飛行機やヘリや、ミサイルの類は?」


「今のところは大丈夫。そこからもう少し北に移動してくれれば、迎えに行ける場所に出るわ」


「OK。じゃあ、移動する」


 何も言わずにジャックが車を走らせ始めて、俺らは北側の開けた場所に出た。頭上からバラバラとヘリの音が聞こえてくる。


「迎えだよ」


 軍事用の大きなヘリが下りてくるところだった。こんなものを用意しているとはな。車はそこで乗り捨てた。


 ヘリで隣国のエアポートまで飛んだと思ったら、降りたところには小型ジェットが待っていた。タラップから金髪のねぇちゃん、つまりレイラが降りてきて宮月に抱きつく。少しは場所ってものを考えているんだろう。いつもよりも露出は少なくジーンズに腕まくりをしたシャツを着ていた。


「もうっ! 無茶するんだから!」


 レイラが文句を言ったところで、デビとジャックも思い出したように文句を言い始めやがった。


「マスター。むちゃくちゃよ。こんな戦場まで出てくるなんて」


「自分の立場を自覚したほうがいい」


 宮月が肩をすくめる。


「まあね。でもまあ簡単に死ぬ気は無かったし。レイラが一応軍事衛星は押さえてくれていたから、大体の敵の位置は分かったし」


「それでも無茶よ」


 デビがしかめっ面で文句を続けた。


「はいはい。ただ、彼女が怪我をしているとか…こういう事態は想像できたでしょ?」


 ぐっと黙り込むデビとジャック。いや。俺もだな。言われりゃ確かにその通りなんだが…。何も考えずにルイーズを探しに来ちまって、こんな風に中途半端に怪我した状態は想像していなかった。いや。死んでなくて本当に良かったぜ。


 宮月は俺の焦りに気づいたか気づかなかったか、なんの思惑も無いような顔をして、にっこりと笑う。


「まあ、いいじゃない。とりあえず僕は無事だし、彼女も無事だし。ああそうだ。トシ。彼女に君の血を飲ませてあげてよ。喉が渇いていると思うんだよね」


「お、おう」


 俺が慌てて腕まくりをしようとしたときだった。レイラの声が遮る。


「大丈夫よ。血液なら持って来ているわ。というか、ショーン? それは意地悪っていうものじゃない? 持ってきているのをあなたも知っているでしょ?」


 俺が思わず睨めば、宮月が声を出して笑った。


「ばらさないでよ。レイラ。とりあえず飛行機に乗り込もう。レイラがばらしたとおり、中に血液も用意してある。ミッションは終了でしょ? 安全なところまで撤収しよう」


 俺が何か文句を言う前に、宮月はひらひらと手を振ってからレイラの腰に腕を回して、飛行機の中へと消えていってしまった。


 思わず俺はため息をついてから、ルイーズを抱えたまま宮月に従う。おかげで礼を言いそこねちまった。まさかそれが奴の俺をからかった理由じゃねぇだろうな。


 数分後、飛行機はその国を後にした。



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