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Red Eyes ~ 吸血鬼の落ちどころ ~  作者: 沙羅咲
特別番外編 I I
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The Previous Days 後編(8)

 片っ端から手加減をしつつも昏倒させていく。うーん。思ったよりも面白くないな。あっと言う間に立っているのは僕ら三人だけになってしまった。


「意外につまらないな」


 ポツリともらせば、乱れた髪でニコルが睨む。


「リーデル様。あなたが面白いぐらいの状況になったら、辺りは血だらけです」


 その言葉に僕は無言で肩をすくめた。遠くにサイレンの音が聞こえてくる。誰か警察を呼んだかな。


「さて、逃げるか」


 僕はカウンターに残っていたバーテンダーと店主を紅い瞳で睨みつけた。


「僕らのことは忘れて」


 そう一言告げて、僕らは店を出る。薄暗い裏路地。都会独特の灯りがあちこちにあるから、夜目が効く僕らにとっては昼間みたいなもんだ。


 治安は良い場所ではないけれど、人間じゃない僕らにとってそんなことは関係なかった。逆に襲ってくれたら良い感じで食料調達ができる。けれど、そういうときに限って、何かを感じるのか襲ってもらえた試しがないんだけどさ。


 はぁ…と大きくため息をついた僕に、ジムとニコルは顔を見合わせた。


「つまらない。何か面白いことはないかな」


 そう言ったとたんにジムから頭を小突かれる。慌ててニコルが止めに入った。 


「何やっているんですか!」


「当主殿の頭を叩いたんだよ」


「それは見ればわかります。なんでそんなことを」


「贅沢なことを言うからだ。『つまらない』なんて言うことは、人生をまじめに生きてない証拠だろ? 何もしないからつまらない」


 ジムは僕に向かってウィンクをする。なるほど。僕はちょっとだけ考え込んだ。


 確かに。彩乃を育てるために必死になっていたころは『つまらない』なんて感じている暇が無かった。仕事と彩乃と時間がいくらあっても足りなくて。どうしていいかわからなくて、毎日が大変だった。


 今は彩乃も学校に行っていて、僕には時間があって。お金もあって。それなのに、このぽっかりと空いたような空虚感はなんだろう。


「だからって小突かなくても…」


 まだニコルがぶつぶつと言っている。律儀な奴だ。


「この当主殿は表面を飾った甘い言葉よりも苦い本音のほうがお好みのようだから、遠慮しないことにしたんだ」


 ジムがにやにやと笑いながら言う。


「考えてみろ。ニコル。こう見えて、俺たちの中で一番年上が当主殿だ」


「確かに」


「その当主殿が一番年下みたいなことを言ってる」


「そうですね」


「一体どうやって生きてきたら、そうなるんだ?」


 ジムとニコルの視線が僕に戻ってきた。僕は思わず肩をすくめる。


「最初の百年は殆ど屋敷とその周りから出なかったしね。お祖父さんからの命令で出ることはあっても、誰かと接触するなんてこともなかったし」


「百年か?」


「まあね」


 二人の顔が呆れたような表情になる。『呆れたような』じゃないな。呆れているんだ。


「その後の150年ぐらいは、世界中を放浪していたけれど、人と接触してもじっくり付き合うことも無かったし。正直、今みたいに長い時間、僕のことを知っている奴がいるっていうのは初めての経験だね」


「つまりチームプレイはやったことがない」


「その通り」


「人間的な協調性はゼロってことですね」


 ニコルまで言い出した。まあ、いいや。そのぐらいのほうが。


「否定はできないね」


 僕は肩をすくめた。


「最初の百年、ずっと屋敷に居たんですか?」


「その百年、一体、何していた?」


 ニコルとジムが興味津々という顔つきで訊いてくる。


「知らないほうがいいと思うよ?」


「なぜ」


 うーん。知らないほうがいいと思うけど。まあ、いいか。隠すようなことじゃない。


「同族を狩っていた」


「は?」


「え?」


 ジムとニコルが二人して僕に聞き返す。


狩人(ウェーナートル)だよ。眷族の規律を守るのは当主の役目だ。眷族が多くなればコントロールは難しくなり、人に害をなすようなものも出てくる。それだけじゃないけどね。当時の当主…つまり祖父の命に従って、そういうのを狩るのはウェーナートルである僕と…キーファーの役目だった」


 二人は表情を固くして僕を見ている。


「まあ、治安維持だと思ってくれればいいよ。そればかりじゃないけど」


「いや。余計な一言はいらない」


「あはは。そうだね。だから戦闘能力だけは高いよ。おかげで二度の世界大戦でも多少は役に立ったかな」


「笑えないです」


 僕は肩をすくめた。


「だから言ったのに。知らないほうがいいって」


「今は?」


「まあ、狩るほど一族はいないし。問題を起こしている奴もいないし」


 二人が安堵の息を吐く。


「ただし…誰かが問題を起こすようなら…僕自身が狩りに行くよ」


 緩んだ空気がまた冷たくなる。


「ま、今は対象が居ない。それだけが救いだね」


 僕は最後にそう言ってこの話をお終いにした。


「さて、もう一杯、どこかに飲みにいく?」


 僕がそう誘えば、二人は一瞬顔を見合わせてから、にやりと笑った。


「いいですね。次はケンカがない静かなところで」


「今度こそ、ゆっくり飲める場所がいい」


 僕には思い当たるような店がない。というか、人間にせよ、一族にせよ、こうやって飲みにいくこと自体がめったにないからね。


「どこかいい店を知ってる?」


 そう言った瞬間にジムが大きく頷いた。


「こういうのは地元の奴に任せてくれ。ついてくるといい」


 僕とニコルは思わず笑って、先に歩き出したジムについていった。


 こうして僕らは朝まで祝杯を挙げ続け、翌日、ニコルはイギリスへ。僕は日本へと戻っていった。


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