The Previous Days 後編(7)
果たして。ジムは僕から流した情報を元にして、大きな契約を勝ち取り、十二月の決算期に利益を充分にあげるだけの働きをした。それに乗る形で、僕は臨時の取締役会を招集する。
今まで眠れる獅子のようだった投資会社で、議決権を行使することはほとんどなかったわけだから、まあ、皆、戦々恐々としていることだろう。
またしても僕はおじいさんに友人が呼んでいると言い訳をして、アメリカに飛んだ。今度は彩乃をおじいさんに預けたままだ。
久しぶりのニューヨーク。相変わらず雑多で、歩いている人は早足だし、話している人は早口だ。英語を話す地域は数多くあるけれど、ニューヨークほど早口で喋っている場所は無いんじゃないかと思う。
街中にあるモダンアートのオブジェ。一本道を奥に入ればハーレムが広がる表と裏の世界。エキサイティングな街だ。
髪を金髪にし、眼鏡をかけて登場した僕にジムは一瞬目を丸くして、それから吹き出した。
「失礼な奴だな」
「いや。失敬。一瞬誰だか分からなくて…。似合っていますよ」
「そういう態度じゃないんだけど」
「いやいや。ニューヨークへようこそ」
ジムは僕に片手を出すとしっかりと握手をした。
「今日はよろしくお願いします」
その言葉に僕は頷く。
ちなみに今日はニコルも一緒に来ていて、僕のそばに秘書よろしく座っていた。
そして会議は始まった。僕は投資会社から一任されてきたものとして挨拶をし、ニコルが横から資料を配り始める。
内容は現在の会社の状況と、現社長に関しての資料だ。僕の隙のない追求に現社長の退陣は決まり、後には功績をあげていたジムが社長の椅子に座ることになった。
見事に計算どおりだ。こうして長かったニューヨークの会社のゴタゴタも決着した。
その晩は祝勝会だ。
「乾杯」
ニューヨークの裏通り。ニコルとジムと三人で見つけたバーに入って祝杯を挙げる。
ジムは高級な店に行こうとしたけれど、僕が止めた。こういう気楽な店で飲むほうがよっぽど気が楽だ。とはいえ、僕たちの場合は酔っ払うまでならないのが残念だけど。
「上手く行って良かった」
緊張が解けたのか、ジムの口調が砕けている。別にそれでいいと思うから、僕は特に何も言わずにきいていた。
「まったくです。資料が完璧でした」
ニコルがジムに向かって言う。ジムがにやりと嗤った。
「そりゃ、そうだ。何しろ文字通り首がかかっていたから」
僕のほうへ向かって、こんこんと自分の首を叩いてみせる。数年前のあの言葉をまだ根に持っているらしい。
僕は聞こえないふりをして手元のマティーニを飲んだ。意外に美味いな。ここのカクテル。同じレシピでもバーデンダーによって意外に違いが出るカクテルなんだけどね。ここのは良い。
「それにしても、見事な追求ぶりだった」
ジムが嬉しそうに僕に向かって言ったときだった。ドーンと大きな音がして、僕らの横のテーブルがひっくり返って、大きな男が隣の男に怒鳴り始めた。
零したらもったいない。僕は自分の分のグラスを持って、避けるように移動する。ジムとニコルも同様にして移動してきた。
「ケンカですか?」
ニコルがちらりと見る。
「そうみたいだね。ま、別にいいけどさ」
僕は注意深くグラスに口をつけた。いい味だ。その間に男たちはお互いをど突き合いし始めた。やれやれ。
「出るかい?」
ジムが言った。僕はひょいっと肩をすくめてみせる。
「別にいいんじゃない。こっちに突っ込んできたら相手をしてあげるけど」
思わずにっと嗤えば、ジムとニコルが凍りついた。
「何?」
「色々武勇伝は聞いています」
「家督継承儀式の合間に、ロンドンのマフィアを一網打尽にしたって?」
ニコルとジムの言葉に思わず僕は眉を顰めた。
「それは僕のせいじゃない。キーファーのお膳立てだ」
「ま、代々当主は血の気が多い奴が多いらしいけどな」
もはや最初の頃の奥ゆかしさはどこへやら。言いたい放題のジムにニコルがぎょっとする。何か言いかけた彼を僕は軽く片手をあげることで抑えた。
このぐらいがいい。家を潰そうとしている僕に当主としての扱いなどいらない。
「どうなんだろう。父さんの血の気の多いところなんて見たことがないけど」
「そりゃ、見えてなかっただけだ」
「そう? まあ、そうかもね」
どうでもいい会話をしながら、けんかを眺めていれば、次から次へと広がって、なんだか大乱闘になっていた。たまにこっちのほうへもなんだか飛んでくる。
「あの…本当に出ませんか?」
ニコルが困ったように言ったところで、僕はにやりと嗤ってニコルからグラスを取り上げて、トンと乱闘の中へ彼を押しやった。
「うわっ。え? リーデル様?」
ニコルがぶつかった相手が怒りに任せて彼に殴りかかる。もちろんニコルはああ見えて一族だ。上手い具合に避けた。思わず拍手をすれば睨みつけられた。
「あなたは私に何をやらせたいんですかっ!」
そう叫んだところで、次の奴が彼に殴りかかる。それもまた避けて、僕のところへ戻ろうとしたところの肩をつかまれた。
どうするかと思えば、掴まれた片手をつかみ返してそのまま投げ飛ばした。まあね。人間より力があるから、あのぐらいは楽勝だ。
「ニコルもやるね」
僕がそう言えば、ジムがグラスのバーボンを飲みながら呆れたように僕を見る。
「何をやってるんだか」
「どうするかな~って思ってさ。ちょっと見てみたかった」
そう答えてから残っていたマティーニを飲み干してグラスをカウンターに置く。
「さてと」
両手を組んでポキポキと鳴らせば、ジムがため息を吐いて、僕に続くように酒を飲み干す。
「ちょっと行ってくる」
「付き合いますよ」
そして僕らは乱闘の中に飛び込んだ。




