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Red Eyes ~ 吸血鬼の落ちどころ ~  作者: 沙羅咲
特別番外編 I I
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The Previous Days 後編(5)

 その日の夕方、彩乃が学校から帰ってきたところで、彩乃に保護者参観と面談の話を聞いてみた。


「彩乃。なんか先生に会いに行く日があるんだって?」


 彩乃が口をへの字にして泣きそうになる。


「どうした? お兄ちゃんじゃダメ?」


「だって…みんなおかあさんがくるって…。それにおにいちゃん…がっこうあるし…」


 僕はため息をつくしかない。


「彩乃のためだったら、僕の学校なんてどうでもいいから。ね? お母さんじゃなきゃダメ? お兄ちゃんだと恥ずかしい?」


 彩乃はふるふると首を振った。


「仕方ない。お母さんになって行くか。口紅塗って、スカートはいて」


 冗談で言えば、彩乃の目が丸くなった。


「どうしても女性がよければ。考えないこともない」


 真面目な顔を作って言えば、彩乃が慌てて首を振る。


「ん。じゃあ、お兄ちゃんで我慢して」


 こくんと彩乃の首が縦に動いた。


 それ以来、彩乃は素直にその手のお知らせを持ってきてくれている。それから保護者参観に現れた僕に、周りのお母さんと彩乃の友達の反応は好意的だったことも幸いだった。


 まあ、僕としても母親のふりをして女装をせずに済んだことは良かったと思う。うん。


 ちなみに彩乃のテストは見たことが無かった。いや、なんか置いてあったりしたけど。それもまあ、多少勉強してくれればいいか~という気持ちのほうが強かったし、彩乃が褒めてっていう顔したときには褒めていた。見せたくないならそれでいいかとも思っていたしね。


 おじいさんも、そのあたりはあまり気にしない人だったので、勉強という意味でもわりとのんびりと彩乃は育ったんじゃないかな。


 とにかく夏前の保護者面談だ。このときに初めて三、四年生を受け持つ担任の先生と顔を合わせた。学校の教室での面談で、僕と先生の二人きり。女の先生は僕を見るなり、僕よりも緊張していた。初担任かなんかだったのかもしれない。じっと見ていたら、少しばかり顔を赤らめて、おずおずと切り出された。


「彩乃ちゃんは…算数がちょっと苦手みたいです」


「はあ」


「独特の考え方をするというか…」


「というと?」


 先生はまとめのテストみたいなものを僕に見せた。


「割り算の問題なんですが…」


 見ると文章題が書いてある。8メートルの木材を4つに切ったら、ひとつは何メートルになりますか? という問題だった。


 単純に計算したら1つ2メートルなんだけど、彩乃の答えは、「縦に切ったら、長さは変わりません」と書いてあった。まあ、確かに正解だ。


「いいんじゃないですか? 正しいですよね?」


 僕がそう言えば、先生はぎょっとしたように顔を上げる。


「いや。ほら。切る方向は書いてないし」


「でも、これ算数の問題ですよ? 四年生になったら分数とか少数点の割り算の問題も出てくるので、ここで基礎ができないと…」


「はあ」


 僕のやる気の無い答えに、先生はさらにもう一枚紙を出してきた。


「それに理科は春の植物を調べましょうという課題で、他の子よりも地味というか…なんというか…」


 ちらりと見せてもらった他の子の紙には、色とりどりの花が描かれている。彩乃の紙は野草というか、草だらけだ。正直、彩乃の画力だと全部同じ草に見える。


 あ~。これは僕が悪いな。うん。


 思い出したけど、この課題をやるときに「春の植物」って言われたんで、野草で食べられるものを河原に一緒に探しに行って、これは食べられるとか、これは食べられないとかやったもんだから、それをご丁寧にも課題として出したらしい。


「まあ、別に…。これ、一応、春の植物ですよね。ほら。これとかペンペン草だし。多分。こっちは…ノビルかな?」


「ええ。でもちょっと何と言うか…」


 僕はにっこりと先生に微笑んでみせた。


「別に大丈夫です。のびのびと育って、他の子に迷惑をかけなければ、多少勉強ができなくても問題ありません。そういう教育方針ってことで。話はこれだけですか?」


「ちょ、ちょっと待ってください。まだあるんです」


 席を立とうとする僕を先生が引き止める。黙って見つめれば、彼女は少しばかり戸惑ったような顔をしつつも、おずおずと話し出した。


「あの…。あのですね。道徳の授業というのがあるんですが…」


「はぁ」


「それでお金を拾ったら、どうしますか? という質問があったんです」


 お金を拾ったら? なんでそんなことを学校で教えるんだ?


「それで?」


「彩乃ちゃんは、『お兄ちゃんにいう』って答えていました」


 えっと…。それは一体どこに突っ込みどころがあるんだろうか?


「先生として答えて欲しかった答えはなんですか?」


 僕の問いに先生が逆に驚いて、人の顔をまじまじと見てくる。


「もちろん『交番に届ける』が正しい答えじゃないですか」


 いや。「正しい答えじゃないですか」って言われても。普通は警察に届けない…と考えてから思い出した。日本って交番システムが凄いんだよな。そういえば。何かで読んだけれど、遺失物の元の持ち主への戻り率もかなり高かったはずだ。他の国ならこうはいかない。なるほど。


「わかりました。妹から相談されたら『交番に届けなさい』と答えておきます。これで問題ないですよね? 彩乃は僕に言うわけだから」


「えっと…それは違うと思います」


 先生は煮え切らない雰囲気だったけれど、僕としてはその辺りもどうでも良かった。日本の、人間のシステムに囚われなくていいと思うし。人に迷惑をかけて、注目されなければいいさ。まあ勉強したくなったら勉強したらいいけど、人間よりも長く生きる僕らとしては、ここで焦ってガリガリと勉強しなくてもいいかな~っていう気もしているし。


 ま、でも勉強してくれるに越したことはないか。学ぶことは楽しいってことは知ってもらいたい。一応、彩乃には勉強しなさいとだけ言っておこう。うん。


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