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Red Eyes ~ 吸血鬼の落ちどころ ~  作者: 沙羅咲
特別番外編 I I
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The Previous Days 後編(3)

 彩乃に笑いかけて、今いる木よりも斜面の上のほうへある木へ飛び移る。もう片手を差し出さなくても、彩乃はついてきた。ぴょんぴょんと木から木へと飛んでいく僕の後ろを、木々の葉が揺れる音がして、彩乃が来るのがわかる。


「ほら。到着」


 斜面のほぼ天辺。下が見渡せる位置まで来て足を止めた。彩乃が僕の隣に滑り込んでくる。


「凄いっ!」


 見渡す限りの絶景に、嬉しそうな可愛らしい声が上がった。午後の日差しの中、遠くに地平線が見える。山の麓の遥か彼方に見える家々は豆粒よりも小さい。むしろ雲のほうに手が届きそうだ。


 足元の枝に座り込めば、彩乃も隣で座る。僕はナップザックに入れてあった水とおやつを取り出した。


「はい」


「え?」


 彩乃の手に水とドーナッツ。


「山の中でドーナッツ?」


「ま、いいかなって思って。他のものが良かった?」


「ううん。ありがとう」


 二人で高い木の上で、眼下に広がる景色を見ながらドーナッツを食べる。ドーナッツにチョコレートがかけてあるのは、彩乃のお気に入りだ。一番は生クリームが中に入っているのが好きなのは知っているけれど、溶けるとよろしくないと思ってこっちにした。僕は比較的甘くないオールドタイプのドーナッツを選んでいる。


 ドーナッツをかじっていると、なんだかここが居間みたいだ。しかし目の前には素晴らしいパノラマ。あまり現実的じゃないのが面白くていいね。


「お兄ちゃん。わたしのこと、話して」


「え?」


「わたし、人間じゃないのね?」


「うん。違うね。僕も違う」


「うん」


 僕は彩乃にゆっくりと話した。父さんのこと。母さんのこと。イギリスの一族のこと。それから僕らの祖父母のこと。できるだけわかりやすく話したつもりだけれど、どのぐらい理解できたかわからない。それでも彩乃は一生懸命聞いていた。


「お兄ちゃん。わたしはどうしたらいいの?」


「どういうこと?」


「人間じゃないけど、人間の中にいてもいいの?」


「いてもいいんじゃない? っていうか、それしかないし」


「うん…」


「ま、バレないようにしないといけないから、どうしても秘密の部分は出来ちゃうよね」


「うん…」


 手についた屑を払って、空のペットボトルをナップザックに入れる。ゴミはお持ち帰りが基本だ。彩乃も大切そうに食べていたドーナッツがその手から消えてなくなった。ペロリと指先を舐めているのはお行儀悪いけれど見なかったことにしよう。


 彩乃の水は半分ほど残っていた。そのペットボトルもナップザックに戻す。それからナップザックを彩乃に渡す。怪訝な顔をする彼女に笑いかけた。


「じゃあ、帰りは特別、お兄ちゃん便で」


「え?」


 戸惑う彩乃には答えず、上着を脱いで腰に巻きつける。シャツはこれを見越して破ける前提で着てきたから問題ない。


「お兄ちゃん?」


 ぱさりと漆黒の翼を広げた。夕方だったけれど、見渡す限り人の気配もないし。いいかと思う。


「掴まって」


 おずおずと伸ばしてきた彩乃の手を、僕の首に回させると、まだ小さな身体を落とさないようにしっかりと抱きかかえる。


「大声は出さないようにね」


 そう注意して、僕は空中に踏み出した。


 ハンググライダーの要領で空中を滑空し、車が置いてある方向を目指す。


「怖い?」


「ううん。全然。楽しいよ」


 小さな声で尋ねれば、彩乃から楽しそうな声が返ってきた。


 暫く飛んで、適当な木の上に止まった。片手で彩乃を抱えたまま、片手で枝に掴まってぶら下がったというのが正確なところだ。


「手を離していいよ?」


 彩乃が言う。結構高い位置にいるんだけどな。


「大丈夫?」


「うん。大丈夫。離して」


 言われるままに彩乃を離せば、彩乃は落下しつつ、あちこちに掴まったり、足をかけたりして勢いを殺しながら着地した。


 僕もその要領で、彩乃の横に着地する。彩乃はじっと僕が翼をしまってから着地するまで見ていた。その視線に僕からも探るように彩乃を見てしまう。


「不安?」


 そう尋ねれば、彩乃は首を横に振った。


「ううん。お兄ちゃんがいるから。大丈夫」


「うん。傍にいる。彩乃を守るよ」


 僕は彩乃の頭をそっと撫でた。




 帰りの車の中、彩乃がポツリと言った。


「あのね。ちゃんと力が使えるようになりたい」


「え?」


「見つからないように。ちゃんとできるようになりたいの」


「ああ。僕らの力のこと?」


「うん」


 僕はちょっと考えた。彩乃の強い力。どうやったらコントロールできるだろう?


「あ~。武道でもやってみる?」


「え?」


「身体の鍛錬というか、使い方を覚えるにはmartial arts…武道がいいかな~って思う」


「何したらいいの?」


 えっと…。何がいいかなぁ。取っ組み合いっていうのはまずいし。日本で習いやすくて、相手を怪我させる可能性が低くて、それでいて力加減を覚えられうもの。うーん。


「剣道とか? どう?」


「剣道?」


「うん。日本の武道。防具をつけて、竹刀を持って打ち合う。練習したら身体の動かし方も覚えそうだし」


「えっと…」


「あ~。ごめん。思いつきで言ってるから、どんな武道かって説明できない。僕もあまりよく知らないし。でも、よくあちこちで教室を見るから」


 彩乃が小首をかしげている。うん。そうだよね。僕もわかっていないものを勧められてもなんとも言えないよね。しかもまだこんなに小さいんだし。


「えっと…とりあえず、お兄ちゃんが相手をするから、色々やってみたらいいんじゃないかな」


「うん」


 彩乃は分かったような、分からないような表情をしながら頷いた。


 その年、彩乃は自分の秘密を知って、それから自分の力をコントロールするために、剣道を習い始めた。


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