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Red Eyes ~ 吸血鬼の落ちどころ ~  作者: 沙羅咲
特別番外編 I I
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The Previous Days 後編(2)

 僕は覚悟を決めて立ち上がると、上着を脱いだ。上半身裸の僕に、怪訝な視線が刺さる。


「お兄ちゃん?」


「僕が人間と一番違う部分は、これ」


 ぱさりと音がして、背中から黒い翼が広がっていく。彩乃の目が見開かれた。


「怖い?」


「う…ううん。でも…本物?」


「触ってみる?」


 僕は彩乃を手招きする。彩乃は僕の背中側に回って、おずおずと手を伸ばしてきた。恐る恐るの細い指先が翼の表面を撫でる。非常にくすぐったいけれど、我慢する。翼じゃなくても、こんな触り方をされたら変な声が出そうだ。


「本当に…背中から出てる」


「うん。本物」


 ぱさりぱさりと動かせば、小さな手はびくりと震えて引っ込められた。


「飛べるの?」


「飛べるよ」


 彩乃が考え込んでいるうちに僕は翼を背中に戻し、上着を着る。


「お兄ちゃん…わたしも翼が生えるの?」


「ううん。僕らの種族は個体差が大きいから。彩乃には彩乃の能力がある。彩乃は人間よりずっと力も強いし、耳や目や鼻がいい。お友達に聞こえないぐらいの声とか、聞こえるでしょ」


 その言葉に、思い当たる節があったようだ。


「あ…。うん」


「ほら。それは人間との違い。ジャンプも本気でやったら、多分、かなり飛べるよ」


「やったことない…」


「僕がダメって言ってたからね」


「うん」


「だから…これは内緒のことなんだ」


 彩乃が考え込んだ。


「見つかったら…どうなるの?」


「ここには居られないね。人間たちに狩られる」


「えっ?」


 僕は彩乃に座るように合図して、自分自身も座った。


 ちゃぶ台を前にして、僕の顔を覗き込んでくる彩乃の視線から逃れるようにして、僕は窓の外を眺めた。夕暮れというよりは、もう夜だ。電気はまだつけていないけれど、僕らの目だったら、ばっちりと明るく見える。


「僕らは人間と違うから。どうなるかな。昔だったら狩られて殺されていた。僕らの本当のお祖父さんとお祖母さんは、人間たちに狩られて殺されたんだよ」


 彩乃が息を飲む。


「今だったら研究材料かな。どうしてこういう身体なのか。構造なのか」


「研究材料?」


「うん。多分。ずっと実験される。閉じ込められて」


 彩乃が泣きそうな顔をする。僕は手を伸ばして、ぽんぽんと頭を撫でてやった。


「彩乃がそんなことにならないように、僕は君を守るから。大丈夫だよ。ね?」


「う…ん」


「だから、内緒なんだよ。僕らが持っている能力は」


「うん…」


 彩乃がうつむいていた顔を上げた。


「ねえ。お兄ちゃん」


「うん?」


「なんで、わたし…人間じゃないの?」


「え?」


「だって…ずっと人間だって思ってたのに」


「あ~。まあ、僕の妹だし。生粋の父さんと母さんの娘だし」


「でも…」


 僕はため息をついた。きっと彩乃はまだ信じられていない。


「彩乃。次の土曜日。学校は休みでしょ? ちょっとお兄ちゃんと日帰り旅行しよう」


「え?」


「誰もいない山の中へ行って、実際に身体を使ってみるといい。自分の能力を全開にしてみるんだ。そうしたらきっと納得できる」


 彩乃が困ったような顔をする。


「嫌?」


「嫌じゃないけど…怖いよ」


「僕も一緒に行く。怖いことなんて、何もないよ」


「うん」


 彩乃は泣きそうな顔で僕のことを見ていた。




 次の土曜日。車で数時間ドライブし、そこからさらに山道を入った。既にここまでは誰も来ないだろう…と思われるぐらいの山の中だ。


 静かだ。たまに飛行機が通るぐらいで、あとは風が木々を揺らす音と鳥の声が聞こえる。街中から比べると静かだし、空気もいい。土と緑の匂いにどこかほっとする。


 彩乃は僕に黙ってついて山を登ってきた。相当なスピードだったと思うけれど、人間でない僕らには楽勝だ。


 僕の背中にはちょっとだけ荷物が入ったナップザック。彩乃は手ぶらだ。少しずつ、彩乃の中で違和感が出ているのだろう。ちらちらと振り返れば、彼女の口がへの字になっている。


「お兄ちゃん」


 僕が立ち止まったところで、彩乃が泣きそうな声を出した。


「おいで」


 彩乃の不安には触れずに、僕はそのまま人間では飛び上がれないぐらいの高さの枝に飛び上がって。手を差し出した。彩乃が僕を見上げてくる。


「飛び上がってごらん。大丈夫。ジャンプして」


 彩乃は泣きそうな顔をしながら、それでも僕の言うことをきいて飛び上がった。飛びすぎて落ちてきたところをキャッチする。


「ほら、飛べた」


 びっくりしたような顔をしている彩乃を片手で抱き上げて、僕はさらに上の枝まで飛び上がった。


「た、高いよ?」


「大丈夫だよ。これぐらい」


 そして彩乃をそこへ置いたまま、次の木へ飛び移って再び片手を差し出した。


「ほら。おいで。飛べるから」


 さっきので少し慣れたのか、彩乃は真面目な表情で僕に向かってジャンプした。本人は意識していないだろうけれど、瞳が紅くなっている。本気を出している証拠だ。


 ちょっとぐらいついたのを支えてやれば、すぐにその枝の上に立つことができた。すでにアクロバットというには過激なぐらいの高さだ。命綱もない。


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