The Previous Days 中編(12)
僕はひょいと肩をすくめる。
「じゃあ、どうしろと? 僕は君を信用できない。けれど君は信用しろと口先だけで言うわけだ」
僕のこの言い様に、ジェームズはカチンと来たらしい。一瞬顔色が変わったけれど、それでも次に口を開いたときの口調は冷静さを装っていた。
「判断するなら仕事をしてから判断してもらいたい」
ま、正当な要求だよね。
「それで? 何をやってくれるわけ?」
僕がしらっと返せば、ジェームズは一瞬考え込んだのちに、僕を睨みつけるように見た。
「三年。その会社に送り込んでくれたら、三年以内に手駒を作って、社長になってもおかしくないところまで登る。ただし社長にだけは株主が指名してくれ」
「それは僕に乗り出してこいと?」
ジェームズは頷いた。
「たたき上げの奴が社長になるような交代劇は三年じゃ難しい。だから土台は作る。最後の仕上げは頼みたい」
僕はちらりと考え込んだ。まあ、そのぐらいにチャンスをやってもいいが…。
「三年後の状態で判断するよ。もしも僕が乗り出すのが妥当と思われたら乗り出す。そうじゃなければ自力で社長になるか…」
僕は両手で空気の玉を作るようにみせて、それをぺしゃりと潰した。
「会社ごと潰すか…だ。その場合に君は首。そうだね。単に首にするだけじゃ…君もやりがいが無いだろうから、その場合は眷族としても首…どう?」
ジェームズの顔色が変わった。ニコルもだ。僕が提案したのは、失敗したらジェームズを殺すよっていう、そういう提案だ。
「ま、せいぜい頑張って」
いい加減めんどくさくなったから、ひらひらと手を振ればジェームズが固い表情でくるりと踵を返して扉から出ていった。ニコルが慌てたように僕の傍に駆け寄ってくる。
「あの…。あまりにも厳しすぎるのでは…」
「別に。気に入らなかったから」
「なっ」
「ニコル。勘違いしているみたいだから言っておくけど、僕は本当にどうでもいいんだ。一族のことも。正直当主なんてやりたくない。けれど今抱えている財産が無くなると皆が困る。それだけは分かる。だから維持はする」
「え、ええ」
ニコルが硬い表情で答えた。
「ここを離れたら、一応モニタリングはするけれど、基本的にはニコルとカリナに任せる。大きなものだけ僕のところに回して」
「しかし…」
「父さんがいなくても、今まで維持できていたんだ。ここまで立て直せば、二十年ぐらいはなんとかなるでしょ」
「そうかもしれませんが…」
「ジェームズのことは三年後に判断する。それでいいでしょ。死に物狂いでやってくれるのを期待しておくよ」
僕がそう言って口を噤めば、ニコルは一瞬何かを言いかけたけれど、そのまま黙り込んだ。
「じゃ、そういうことで。ニューヨークの件は片付いたし、後は大きな案件はないよね?」
「え? ええ。一応、終わりました」
それなら、もうここにいる必要は無いわけだ。
「じゃあ、そろそろ帰り支度をするよ。ああ。そうか…キーファー」
そうだよ。彼が待ってるんだった。
ニコルを部屋から送り出して、ちらりと廊下の角を見れば…キーファーは、角の柱に隠れるようにしてこちらを見ていた。
…。思わず頭痛がしそうだ。まさかあの状態のまま、僕が部屋を出てくるまでずっと待っていたんだろうか? ということは、あの傍に彼が従えて来た片腕とかいるわけか? やれやれ。
「キーファー」
僕が呼んだとたんに、一瞬、キーファーは出てこようか、隠れようか迷ったようなそぶりをみせる。
「仕事が終わった」
そう伝えた瞬間に、キーファーの顔に笑みが広がって、本当に一足飛びで僕の傍までやってきた。
「アニキっ! じゃあ、約束! 俺との約束!」
「ああ。明日一日、どこでも付き合うよ」
「ひゃっほ~」
目の前でドレッドヘアが宙返りをする。廊下の天井ぎりぎりまで飛び上がって器用なもんだ。予想通りというべきか、キーファーが隠れていた廊下の角からは、彼が片腕としている男が現れた。
アジア人の血が混じっているのか、エキゾチックな外見に落ち着いた雰囲気だ。キーファーと対照的な印象を受ける。すっとキーファーの背後を守るような位置についた。別に僕に対してどうというよりも、それがいつもの彼の立ち位置だ。
「ただしキーファー。狩りはやらない」
僕の言葉に、キーファーが驚いたように目を見開く。
「そんな…またやらないわけ?」
「人殺しは飽きた」
「アニキの冴え渡る殺気が見たいのに…」
「前も言ったけど、150年も経てば価値観も変わるんだよ」
「…。うっかり殺しちゃうのは?」
「不可抗力は仕方ないとして、基本はナシだ」
キーファーは一瞬考え込むような顔をしてから、ニヤリと嗤った。
「アニキも俺も満足できるような一日にするよ」
「お手柔らかに」
「一石二鳥とか、一石三鳥とか。アニキがいたら、いくらでも」
「キーファー。何か言葉が間違っているような気がするんだけど?」
「いや。間違ってない」
キーファーは意味ありげに再びニヤリと嗤う。
「そうと決まれば明日の用意があるから、俺は行くよ。アニキ、約束だから。ね? 明日ね?」
念を押すように僕の顔を覗きこむ彼に、僕は頷いてやれば、彼の頬が赤く染まる。
「ひゃっほ~。よーし。頑張るぞ~」
そして傍にいた片腕をつれて、どこかへ行ってしまった。一石二鳥? 一体何をする気やら。
翌日はキーファーに引きずりまわされて、計らずもアルバニア・マフィアやらセルビア・マフィアの組織をぶっ潰し、キーファーのイギリスにおける勢力拡大に貢献することになった。
これか…一石二鳥。いや。僕の活躍をキーファーが嬉々として見ていたから一石三鳥。たった一日で描き変わった勢力図が、まさか数人で行われたとは誰も思わないだろう。




